Habari gani ?の楽しみ方

Img_5228

[写真は伊豆シャボテン公園にて]

 Habari gani ? とは スワヒリ語のあいさつです。Habari は News の事。gani は、どんなという意味です。Habari gani ? と聞かれた場合の返事は決まっています。Nzuri ! (Good !)。このブログは2006年10月のタンザニア旅行記を残そうと思って始めたものです。

 記事としては、旅行記が一番多く、次いで車に関する物、購入した書籍や商品に関する感想などとなっています。SoftbankのスマートフォンX01Tや、パイオニア エアーナビAVIC-T10の記事もあります。地域医療の問題にも、深く切り込んでいます。

◯全ての記事を読む

一番最初の記事 にジャンプして一つずつ記事を読む。
2006年11月のバックナンバー にジャンプして月毎のバックナンバーを読む。

◯カテゴリ別に記事を読む
右サイドバーの「カテゴリー」から読みたいカテゴリーをクリック

◯現在連載中のシリーズ記事

湊病院問題 静岡県南伊豆町にある共立湊病院の下田市への移転・新病院建設にまつわる諸問題や不思議な出来事について分析しています。

RCGP OHSU UH 訪問記録 平成23年10月下旬から約2週間で世界一周してきました。イギリスにおけるかかりつけ医制度の状況や、ポートランドの個人開業プライマリーケアクリニック、ハワイ大学でのシミュレーションセンター教育などを見てきました。

私とパソコン 17歳で出会ったパソコン。昔の思い出を綴っています。(更新停止中)

◯連載修了したシリーズ記事

石垣島の旅再び
2011年9月、2年続けて石垣島の美しい海でのんびり。

女川町医療支援報告 平成23年3月11日の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町。3月31日から4月7日まで、地域医療振興協会の医療支援チームに参加しました。その後も5月、6月、7月と週末を利用して医療支援を行いました。

石垣島の旅 2010年9月、石垣島の美しい海でのんびり。

伊豆大島 一泊の旅 2010年2月13日から14日にかけて、伊東港から僅か30分の伊豆大島に出掛けました。

メキシカンカリブとニューヨークの旅 2009年10月 メキシコ合衆国のリゾート地カンクンを拠点にカリブ海で遊んできました。

オレゴン健康科学大学訪問記2008 5年ぶりに訪れたオレゴン州。今回は地域医療をささえる現場を視察してきました。

ハワイの旅 2008年9月オアフ島旅行記。アフリカが大好きな人間が、何故か真逆の日本人だらけの「海外」に行く事に…。

古い鉄道写真アルバム 昔撮影した鉄道写真を紹介しています。 へぼ写真も、ちょっと貴重な写真もあります。

沖縄の旅全15回。2008年2月の3連休の沖縄小旅行記です。

カンボジアの旅  全53回。2007年9月のアンコール遺跡、プノンペン、シハヌークビルの旅行記です。

タンザニアの旅 全30回 2006年9月のアフリカタンザニア旅行記です。セレンゲティ国立公園、ンゴロンゴロ保護区のサファリ、ザンジバル島を巡りました。

オレゴン健康科学大学(古い)訪問記 全20回 2003年12月に訪問したアメリカ合衆国オレゴン州ポートランド市にある、OHSU 家庭医療学教室やクリニックの見学記録です。

2003年マラウイへの旅 アフリカの知られざる国マラウイの訪問記。

くるま履歴書 全14回 これまでに乗った車の履歴。その他の自動車ネタもこのカテゴリーに分類。

お勧めの飲食店 よく行くお店を紹介。偏っていますが。

ボリビアのロペス医師 全9回 2007年2月に研修にやってきたロペス医師の活動とボリビアの写真を紹介。

◯写真集
タンザニアの写真集(1) Safari ya Tanzania 野生動物やインド洋などベストショットの高画質写真集。
タンザニアの写真集(2)ブログ記事で使った写真を再編集。
スイスとミラノの写真集 スイス登山鉄道の旅。
タイ バンコク、サムイ島の写真集
マラウイ共和国 ブログ記事で使った写真を纏めました
日光の四季 日光の風景写真を集めてみました。記事では未公開だった写真もあります。
伊豆の風景 伊豆の海や花などの写真を集めました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年2月 2日 (木)

RCGP OHSU UH 訪問記録22 Taylor先生との懇談

2011年11月3日水曜日

Img_6434 今朝はまず前主任教授の Robert Taylor 先生との懇談からスタート。家庭医療学の世界で、最も高名なドクターである。Taylor先生に会った人は、誰でもその温厚でフレンドリーな人柄に強く惹かれるだろう。

 最初に Talor 先生が配ってくださっのは、OHSUと地域医療振興協会の交流の歴史を纏めたブックレット。これまで訪問した全ての医師、研修医、医学生が掲載されている。

Img_6437 それぞれが自己紹介をしながら、ディスカッションを進めていった。写真は家庭医療とは何かというディスカッションの中で、Talor先生が書かれたメモである。Personから出発して、臓器、細胞、分子、原子とより細かい方向を極めていく考えに対して、家庭医療の方向は、Personから、家族、コミュニティー、国、世界、宇宙とより広い歩行に目を向けて考えていく事だとの解説。なるほど。

Img_6439 この紙をみながら改めて考えてみた。Patient oriented という言葉を普段よく使うのだが、その方向性は上にも、下にも、横にも広がりがあるだろう。臓器別専門医はこの紙でいうと下の方へ、家庭医は上の方へ、病院総合医は横への広がりを主に意識するが、単一の方向だけに進むわけではない。全ての医療は patient oriented であるべきだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月31日 (火)

湊病院問題 一部事務組合平成23年度補正予算

 1月26日伊豆新聞記事からです。1月25日に開催された、共立湊病院組合臨時議会で、平成23年度の補正予算が可決されたというお話し。

  • 病院事業費は4506万円ほど増え、19億6680万円に
  • 内訳は新病院の消耗備品費2000万円、交差点改良2500万円、跡地利用委員会費用、報償費、裁判弁護士費用など。
  • 資本的支出では、新病院追加医療機器8100万円を含む建設改良費2億734万円ほど。建設改良費は24億8743万円ほどにのぼった。
  • 静岡メディカルアライアンスの運営に伴う平成23年度上半期1億9千万円。本年度に発生する赤字は組合資金で補填する。

---------

 何だかわからないうちに、医療機器の金額や、建設改良費など、上乗せされているのでしょうか。消耗備品。今までは100万円以下の備品は指定管理者の負担であったような気がしましたが、どうなっているのでしょう。記事だけでは詳細はわかりません。

 長隆氏の主催した改革委員会の答申とは裏腹に、色々と後付けで新病院建設のための支出が増えているような状況なのでしょうか。

-----

 これまでフォローしきれていなかった事項にも触れておきます。

 沢登下田市議らによる共立湊病院問題を真剣に考える会による新聞折り込みが1月15日付けで配布されたそうです。内容は、新病院にスタッフ確保の状況、起債の返済計画、増床計画、現病院の跡地利用に関する問題などに触れています。

 またやはり1月15日の日付の新聞折り込みでは、新病院宿舎建設に係わる損害賠償請求訴訟の支援者募集などを訴えています。

 1月28日には、今度は一部事務組合の側から新病院をPRする新聞折り込みがありました。一面では新病院の工事の状況などとともに、医療体制についての記載が見られました。これよると診療科は内科(消化器、循環器)、外科、整形外科、小児科、婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、脳神経外科、麻酔科ほか。看護基準は10;1。職員数の予定は、非常勤を含めて130名と書かれています。

 2面には、2月から小児科が常勤となった事などが書かれています。これで常勤医師は内科3名、外科1名、整形外科1名、小児科1名の合計6名となりました。地方で医師を集めるのは本当に大変な事です。遠方から赴任して下さったドクターを地域ぐるみで大切にしていただきたいと思います。

-----

※病院には医療法により配置しなければならない各資格職の定数が定められています。 (参考資料はこちら。) 10:1看護とは病床2床に対して看護師1名を配置するという事です。また外来については30人に一人の看護師の配置が義務付けられています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月30日 (月)

RCGP OHSU UH 訪問記録22 コロンビア峡谷とMaltonomah滝

2011年11月2日火曜日

Img_6418

 ちょっと息抜き。という事で、Benさんの運転と案内で、コロンビア峡谷 Columbia River Gorge へ。ポートランドから東へ。コロンビア川に沿って進む。途中から旧道に入り、ワインディングの続く細道を行くと、View Pointに到着。日は傾きつつあり、背後の建物の影が映り込んでしまうが、すっきり晴れて遠くまで良く見える。この壮大な光景は写真にしてしまうと今一つわかりづらい。かつての西部開拓者たちはこの川沿いに西を目指したのである。

 秋から冬にかけてのオレゴンですっきりと晴れるのは比較的珍しい。今回で3度目の訪問となるコロンビア峡谷だが、晴天に恵まれたのは初めてである。

Img_6419  見晴らしが良いということは風が強いと言うことだ。にこやかに記念撮影をしているが、スーツ姿ではかなり寒い。

 更に東へ。このブログでは既にお馴染みの Multonomah 滝に到着した。ポートランド市街地からはおよそ30マイル程。

Img_6423 滝は川の南側の崖にあるため、終日陽があまりあたらない。今日のように晴天でも薄暗い。滝の飛沫で周囲の岩は年中湿っており、びっしりと苔が生えている。

 この滝を取り上げた写真集では、全景を入れずに橋の周辺部分をクローズアップして、緑を強調している物が多い。空を入れると逆光で白けてしまうからだろう。

 それにしても、この雄大な自然の中、スーツ姿の日本人男性7名はかなり場違いな感じが強い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月27日 (金)

RCGP OHSU UH 訪問記録21 Saultz教授との懇談とPCM講義見学

2011年11月2日火曜日

 South Waterfront の外来棟から再び Tramに乗車し、Marquam Hillのキャンパスに戻る。懐かしい Emma Jones Hall Img_6409 Img_6411  に足を踏み入れる。玄関からは見えないが、裏側に新しい建物ができてしまい、壁が立ちはだかっている。眠気覚ましに教室の窓から Mt Hoodを望むことはできなくなってしまった。部屋によっては携帯電話の電波も届きにくくなってしまったそうだ。

 この時間はここで、主任教授の Saultz先生と1時間の懇談。我々の一人一人の自己紹介の後、これまでのOHSUと地域医療振興協会の交流を振り返り、今後の交流計画に関して意見を交換した。

Img_6413 そのまま部屋で軽く昼食を摂り、午後からは講義棟に移動。PCM (Principles of Clinical Medicine )の講義を聴講した。

Img_6415 本日の講義は、Health Literacyについて。配布された文献の一つ"Health Literacy The Gap Between Physician and Patients" には、「The American Medical Association defines health literacy as "a constellation of skills , including the ability to perform basic reading and numerical tasks required to function in the health care environment "と書かれている。Health Literacyが十分で無いと、患者さんのコンプライアンス低下、慢性疾患のコントロール不良、そして医療費の高騰につながる。読解力の低さと、健康状態の悪さの間には明らかな相関が見られるのだそうだ。 

 人種ごとのLiteracy Level の分布比較などを示し、患者さん向けの説明書は、ある程度低いレベルの人が読んでも理解できるように作られるべきと話す。医師の説明はJargon(普通の人にはわからない専門用語)が多く、患者さんに理解してもらえない…と。そうそう全くその通り。この講義、英語のLiteracyが高いとは言えない私にも良く理解ができた。^^;

 講義の後は、小グループに分かれてのディスカッションとなる。この辺のやり方は2003年に見学した時と同じである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月24日 (火)

RCGP OHSU UH 訪問記録20 OHSU学内ツアーとSAKURAルーム

2011年11月2日火曜日

Img_6393 OHSU Hospital の中を抜け、Kohler Pavilion へ。ここが South Waterfront の外来棟へ向かうロープウェイ Tram の乗り場になっている。2008年の訪問時の報告でかなり詳しく書いているので今回は省略する。Tram に乗車して山を下る。霧が出ているのは丘の上だけであった。新外来棟は相変わらず豪華で綺麗。前回来たときよりも混雑が激しくなりエレベータ待ちの人も多い。

Img_6398 待合ロビーから見る景色は天気が良ければ格別なのだが、今回はもやっていて今一つ。Streetcar の線路敷では何やら工事中で、運休中。線路も錆び付いていた。現在 Streetcar をWillamette川の東岸に延伸する環状線の建設工事が進んでおり、2012年9月に開通予定との事。ポートランドの公共交通はまだまだ発展していくようだ。

Img_6392  外来の中の様子は3年前の訪問時と大きな変わりは無いようだ。特に驚くような設備は増えていなかった。各医師の控室などいくつかの部屋には寄付金を拠出した人のプレートが掲出されている。Taylor's Room などの並びに、SAKURA Room が。これは地域医療振興協会からの寄付によるもので、OHSUとの友好関係の印となっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月21日 (土)

RCGP OHSU UH 訪問記録19 家庭医療学教育の歴史

 今回の記事は、2010年に伊東市民病院で、Meg Hayes 先生が行った講演資料などを元にしている。

 アメリカにおける家庭医療学の歴史はあまり長くは無く、1964年に American Board of Family Practice ABFP が設立されたのが実質的な始まりだそうだ。1965年にマイアミ大学が、家庭医学の博士号習得のカリキュラムを開始。1969年までに、全米で15の家庭医療研修プログラムが作られた。1970年にはABFPが最初の資格試験を実施している。しかし既存の学会からは家庭医療を新たな専門と認めないという姿勢が続いた。1990年代に入ってとようやく家庭医療学が大きく発展を始めた。

 OHSUの家庭医療学教室は、1971年に設立された。断えざる努力の結果現在では全米屈指の家庭医療教育を行う大学として有名になった。

 へき地医療の発展・充実のためにOHSUで行われている事は、多岐にわたる。

 まずへき地の高校を訪問し、医療ケアについての理解を得る機会を持つ。そして医療の道に進みたいと考えている生徒を掘り起こす。その地域で適切な相談役となる医師を紹介。医科大学入学中もフォローアップを欠かさない。(日本においてもへき地出身者ほどへき地医療に貢献する可能性が高いというデータがあるそうだ。)

 大学の新入生は、へき地の家庭医の元で1週間を過ごし、仕事のみならず生活をも体験する。また2年生でも2週間、3年生で5週間のへき地経験の機会が持たれている。これらは医学生全員が対象であり、将来へき地医療に進まない学生も、へき地の事を理解する事につながっている。へき地医療に興味を持つ学生は、在学中にもグループを作り学習している。

 へき地に勤務する家庭医をサポートする目的としては、生涯学習や指導医養成のカリキュラムの提供や、医学生教育に貢献するへき地の家庭医は、大学図書館へのオンラインアクセスを提供している。

 こうしてオレゴン州全体で、へき地における家庭医養成教育のシステムを作り上げ、へき地での教育の質を高めつつ、医学生のへき地医療への興味と理解を深め、さらには都市部の専門医療機関でもへき地医療に十分な理解を得ることに成功しているのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月18日 (水)

RCGP OHSU UH 訪問記録18 ALSO見学

2011年11月2日火曜日

 前日は一日で5カ所ものクリニックを見学した。今朝はまずOHSUの看護学部の建物を訪問。今日、ここではALSOのコースが開催されている。ALSOとは Advanced Life Support for Obstetrics の略で、周産期救急の標準治療の教育コースである。日本におけるALSOの普及活動には、地域医療振興協会も関わっており、協会内病院でのコース開催や、他施設でのコースの共催を行っているほか、西吾妻福祉病院の伊藤病院長がインストラクターを務めている。昨日、今日とここでALSOのコースが開かれており、その伊藤先生も我々とは別行動で日本から昨日朝ポートランドに到着しそのまま参加中である。

Img_6378 我々は講義の一コマにもぐり込み聴講した。"Intrapartum Fetal Surveillance"というタイトルで、陣痛や出産の経過中の胎児の状態をどのように把握し、判断するかという内容である。普段馴染みの少ない領域とはいえ、スライドがあるので座学ならあまり困らない。講義の合間合間に熱心に質問が飛び交うのが、いつもながら関心させられる点である。

Img_6376 さて、講義を抜けた後は、構内のツアーをしながら、Waterfront の外来棟に向かう。家庭医療学教室には、成瀬さんという日本人の女性が勤めるようになった。日本から来る医学生や研修医のサポート約として、大変心強い存在である。今回もベンさんと一緒に我々の行程に多く同行していただき、構内ツアーも案内して下さった。

Img_6380 3回目のOHSU訪問だが、Nursing School の内部に入ったのは、今回が初めてである。ゴージャスな感じの立派な建物である。

Img_6381 丘の上にあるOHSU。今日は霧が出ていて山中の趣。傾斜地に建てられた多数の建物が複雑に連結されていて、何度来ても一向にその構造を把握できない。ちなみにこちらがホームページに掲載されている地図である。Waterfront に外来棟が新築された影響で、いくつかの建物は名前と機能が変更されていた。

Img_6383 谷を渡るスカイブリッジの脇を抜ける。橋の向こう側にはかつて South Hospital と呼ばれていた、Portland VA Medical Center があるはずだが霧でかすんで見えない。(VAとはVeterans Affairs 退役軍人管理局の事。) 天気が良ければこんな感じである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月15日 (日)

RCGP OHSU UH 訪問記録17 個人クリニック群訪問で見えた新たな一面

2011年11月1日(月曜日)

Img_6364 今回の訪問では、初めてグループ開業の民間クリニック群を見学させていただいた。Northwest Primary Care (NWPC) というグループである。名前は Northwest だが、ポートランド市の南東側のミルウォーキーなどに4カ所のクリニックを開設している。(Northwestはアメリカ全体の中での位置だ。)

Img_6362 グループと言っても日本のグループ開業とは規模が違う。所属する医師やNurse Practitionerは、合計23名。専門科別などFamily Practice 17名、Internal Medicine 4名、Acupuncture 1名、Obstetrics(産科) 3名、Medical and Nutrition Therapy 1名、Sports Medicine 1名となっている。(重複している人もいるので合計が合わない。)

 我々を招いて下さったのは、Subra Seetharaman 先生である。インドで医師となった後、渡米しOHSU 家庭医療学教室で研修を終え、2008年からNWPCに参加。現在はMilwaukee Family Practice で診療を行っている。研修医時代に来日もしており、日本からの研修医や医学生もお世話になってきた先生である。

Img_6353 4カ所のクリニックを順番に案内していただいた。診察室の構造は OHSUの各クリニックとほぼ同様である。しかしいくつか違う点にも気付いた。

Img_6357 Milwaukie Family Practice には、他の3カ所に比べ、非常に充実した院内検査室が設置されている。3カ所のクリニックにはレントゲン設備があり、一般撮影の他、骨密度や神経伝達速度の測定も行われている。

 Clackamas Internal Medicine では循環器内科専門医がいて、心エコー、トレッドミル負荷心電図、ホルター心電図に加え、核医学検査の設備もありNuclear Stress Test (負荷心筋シンチグラム)まで実施できる。

Img_6367 そのトレッドミル装置も写真のように正面に大型スクリーンが設置されており、被検者があたかも町中をジョギングしているかのように映像を楽しみながら? 運動負荷検査を受ける事ができる。

 診療録は電子カルテになっている。各クリニックの情報は共有化されている。各医師はドッキング式のラップトップPCを持っており、自宅に持ち帰って診療録を記述・参照する事が可能である。音声認識装置を繋ぐ事もでき、キーボード入力が苦手な人は口述筆記も可能になっている。かな漢字変換が不要な英語ゆえ、認識精度はかなり高く実用的に利用できているようだ。(日本でも電子カルテ用の音声認識システムはあるが、英語に比べると同音異義語が多くかな漢字変換もあるので、入力効率が上がっていない。)

 Img_6371待合室は豪華で広く、水槽が置かれているところもあり、大型テレビが設置され、XBox 360の KINECT を使ってエクササイズができるようになっている所もあった。 (完全予約制のため、アメリカのクリニックの待合室は患者さんの滞在時間があまり長くない。過去に見学したクリニックの待合室は比較的簡素だった。)

Img_6366 各クリニックの玄関には、「FLU SHOTS」(インフルエンザ予防接種できます)と、大きく掲示されていた。

Img_6369

 民間医療機関という事で、顧客の獲得に非常に熱心であるというこ事を実感した。これまで見学してきた大学のクリニックや地方都市のクリニックでは限られたリソースを活用して診療を行っているイメージが強かった。しかし、大都市近郊のグループ開業クリニックの姿は、日本の都市部のクリニックと似ている部分が多くあると感じられた。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月12日 (木)

RCGP OHSU UH 訪問記録16 ガブリエルパーククリックのハロウィーン

2011年11月1日(月曜日)

Img_6325 Scapppoose を離れ再び南へ。ポートランド市街を通り抜け、南西の丘陵地にある住宅街に向かう。2003年にもお世話になった OHSU Family Medicine at Gabriel Park 。大変懐かしい。ショッピングモールに入っていた店舗は入れ替わっており、8年前に昼食を買った Bento の店は無くなっていたのが残念。前回お世話になった Dornfest 先生も異動されたようだ。

 訪れたのはちょうど昼休み時間。見学には不向きなはずだが…。実は今日はクリニックのハロウィーンパーティーが企画されていたのである。

Img_6335 受付を初め院内各所にはハロウィーンのデコレーションが施されており、医師を含むスタッフは全員仮装をした状態で診療している。あるドクターは白衣を着ていて、一瞬意味がわからなかったが、Back To The Futureのドクの扮装をしているのであった。我々訪問団はさすがに着替えまでは用意が無いが、海賊の帽子やピンクのカウボーイハットなどを被り、パーティーに参加させていただいた。

Img_6336 右の写真は用意されていたドリンク。真っ赤な血のような色の毒々しい色だが、味は相当に甘ったるかった。その横には輸血バッグを模した飲み物も。耳や脳の形をしたグミキャンディーなども置かれ、クリニックならではの悪のりである。ベストコスチュームの投票も行われるなど、パーティーにかける情熱はすごいものだ。

Img_6343 昼食後には施設内を見学。8年前の訪問時に結構長い時間を過ごしたレジデント控室。当時はここで記述者に電話で話してタイピングしてもらっていたのだが、時代が流れカルテは電子化されていた。

Img_6339 8年前には見覚えが無いトレッドミル装置も設置されていた。ルームランナーのような物で、患者さんに運動してもらい、心電図に狭心症の変化などが出現しないかどうか調べる機械である。発作を誘発するリスクもあるので、日本では循環器内科医の居る病院で無いとなかなか見かけない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 9日 (月)

RCGP OHSU UH 訪問記録15 スカプースクリニック再訪

 2011年11月1日(月曜日)

Img_6292

 今度は一路北上。コロンビア川の西岸を下流に向かって進む。ポートランドから20マイル程離れた Scappoose の町へ。ここにはOHSU家庭医療学教室のサテライトクリニックの一つ、Family Medicine at Scappoose がある。私は2008年にも訪問したところだが、他のメンバーの多くは初めての訪問、かつオレゴンで初の診療所見学となる。

 

 前回はとっぷりと日が暮れてからの訪問で、周囲の様子はよく分からなかったが、昼間訪れてみると閑静で広々とした住宅街の中にある事がわかった。2008年12月には増築工事をしていた部分が完成し、エントランスも新築部分に移動し、待合スペースも大きくなっていた。今回の訪問団は診療所医師が中心のため、皆興味津々である。

Img_6341 イギリスの診療所は比較的日本と類似していたが、アメリカはシステムが違う。医師や医療スタッフが複数の診察室を渡り歩く。各部屋の入口には6色のサインがつけられている。(写真はガブリエルパーククリニックのものである。) 黒が「レントゲン」、青が「患者在室」、黄色が「MA( Medical Assistant )/RN( Registered Nurse )在室」、 緑が「患者準備完了」、白が「MA/RNに用事あり」、赤が「検体検査中」を示している。 

Img_6299 診察室内には、半身型の診察台が据えつけられている。これは椅子としても使え、内診用診察用としても使える。更には下半身用の台を引き出せば全身診察台にもなる。また処置用品などを収納する引き出しも付いている。ロール状の紙シーツを引き出して使い捨てるなど、感染防御策としても優れている。壁などには血圧計、眼底鏡、手指消毒薬など診療に必要な物がビルトインされており、いちいち備品を探す必要は無い。いろいろと物が揃っている診察室だが、事務机は無く、シンクの前に椅子が置かれていて、反対側にディスプレイとキーボードが壁から片持ち式で設置されている。

Img_6308 診療記録は電子化されている。サテライトを含むOHSUのクリニック全てに共通の物で、診療情報も共有化されている。見た目にも高機能である。しかし、宙ぶらりで剛性に乏しいキーボード台で、タイピングはやっぱりしにくいのではと感じた。Scappooseの診察室は窓があるため、明るい雰囲気で好印象である。

Img_6300 診療所内を巡りながら処置室の医療材料や医薬品、医療機器をチェック。処置室の引き出しを開けて中にある備品を覗き込んだり。2003年当時は創傷被覆剤は殆ど使われていない様子だったが、今回は引き出し内に何種類か置かれていた。

 

Img_6305  この診療所ではお産も扱っている。廊下にはここで生まれた赤ちゃんの写真がたくさん掲示されている。日本では、お産は産婦人科という意識が強くて、一般診療所でお産や支給癌検診などを扱っているところは数少ない。へき地診療所の医師にとっても産婦人科領域はウィークポイントである場合が多く、この点ではアメリカでの家庭医療に大きく遅れを取っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 6日 (金)

RCGP OHSU UH 訪問記録14 ポートランド アパート巡り

 2011年11月1日(月)

 オレゴン健康科学大学への訪問は私は3回目となる。2003年2008年と続き、今回もポートランドの滞在先はマリオットホテルである。国内も含めて一番多い回数宿泊したホテルになった。ロビーにてベンと再会。見ず知らずの人ばかりだったロンドンと違って、知っている人がいるのはやはり心強い物だ。

 過去2回の訪問は12月中旬だったので、今回は多少暖かいのかと期待していたが、ロンドンと比べてもかなり寒い。コートを持ってくるべきだったか。

Img_6266  本日の最初のスケジュールは、アパート巡りである。地域医療振興協会では、後期研修医や医学生をOHSU過程医療学教室での研修に送っている。初期の頃はその都度住むところを確保していたが、現在は2つのアパートの1室ずつを契約している。

 1カ所は山の上にある大学へと登る道路の途中にある。外から見た印象では木造で頼りなげな感じだし、谷陰にあって日当たりも良くない。しかし室内に入ると思いのほか広い。リビングの他に2つのベッドルームがあり、キッチンのコンロも4口。当然家電もアメリカンサイズである。

Img_6283  もう一カ所は山の上。大学の敷地に隣接した住宅地にある。日当たりが良く、生活環境はこちらの方が良さそうだ。こちらは1ベッドルームとなっている。小さな商店が近くにあるし、大学へも徒歩圏内である。

Img_6279  いずれの住宅も簡素なアパートである。しかし、建物内部は広々と作られており余裕がある。備え付けられた家具の多くは、OHSUの方々から、自宅で不要になった物などを寄贈していただいている。

 仮住まいなのに、日本での自宅よりも広くて快適なので、研修に来た人たちは帰りたく無くなってしまうかも…。^^;

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 4日 (水)

湊病院問題 12月14日に跡地使用者の募集が始まっていた

 読者の方からの指摘で、気がついたのですが、共立湊病院組合のホームページに、「共立湊病院跡地の使用者(事業者)募集のお知らせ」という文書が昨年12月14日付けでアップロードされていました。うーん、新聞などで報道がありましたっけ。

 過去記事を振り返りましたが、跡地利用委員会が11月9日に設置されたという情報を、フォローできていませんでした。跡地利用委員会って実は跡地利用応募者選定委員会だったのですか。組合のホームページを見ても、メンバーは8人以内で、(1) 市町長 (2) 病院組合議会議員 (3) その他関係機関若しくは団体の代表者又はそれに準ずる者と書かれているものの、具体的に誰がなっているのかはわかりません。

 詳細な内容はリンク先を見ていただくとして、締め切りは1月30日だそうです。年末年始を挟んでのこの応募期間。多くの意見を求めるにしては、唐突にしてかつ短いような気もします。そして、委員会の提案が組合議会に一度も諮られないまま公募が始まっている点も、きちんとした手順を踏んでいない気がします。

 「当該土地の所有権が一部事務組合という特性から、貸与により使用料を徴する ことを前提に、民間事業者の総合力をもって同跡地を再利用していただける方を広く募集いたします」との事です。30000平方メートルという広大な土地。いったいいくらで貸していただけるのかなあと思って文書を読み進めますが、書かれていません。

 提出書類の中に、「エ 投資額(使用料なども明記) 」と書かれています。これは応募者の言い値で貸すと言う事でしょうかね。^^; 素人考えでは目安ぐらい書いてくれないと、計画の立てようがない気がしますが…。今回も「非選定となった応募者からの応募書類は非公開」と、いつぞやの指定管理者の公募の時と同じような事が書かれています。選定された以外にどんな案があったのか、選定された案がベストなのかどうか、他の案と比べて利用料が適切なのかどうか、跡地利用委員の方以外には全くわからない事になります。2月にはヒアリングを実施し、跡地利用委員会が総合的評価で決定するとの事。年度内には結論が出されるのでしょうか。

 募集要項の後半には湊病院構内の写真が載っています。桜が咲いて美しい時期の写真。古い木造病棟も写っています。駐車場にもたくさん車が停まっていて、活気が感じられる写真です。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年1月 3日 (火)

RCGP OHSU UH 訪問記録13 大西洋を越えて

2011年11月30日日曜日。

 今日はロンドンから、アメリカ合衆国オレゴン州ポートランドへの移動日。

Img_6264  この日イギリスではサマータイムが終了。午前2時がまた午前1時に戻るというややこしい日を初体験。デジタルテレビなどの時刻は自動的に修正されるが、普通の目覚まし時計や自分の時計などはもちろん自動では変わらない。前夜ホテルの各部屋には、就寝前に予め1時間遅らせておくようにチラシが配られていた。結果的に睡眠時間は1時間長く確保できたが、乗り物に乗るには余計な心配が増える事になった。

 ここからはアメリカン航空組(ダラス経由)と、ユナイテッド航空組(シカゴ経由)に分かれる。一方、フィラデルフィア移動組は、本日はロンドンにもう一日滞在し明日フィラデルフィアに直行する。ヒースロー空港ではタクシードライバーが出発ターミナルを間違えて、スーツケースを転がしながら随分と歩かされる羽目に。出国手続き後の動線も長く、使いにくい空港と感じた。

 ユナイテッド航空でロンドンからまずはアメリカイリノイ州のシカゴへ。人生初の大西洋横断。日本に住んでいるとなかなかできない貴重な経験だ。9時間のフライトの予定だったが、何故か1時間も早着。フライトアテンダントたちもサービスの時間が短くなって大慌て。海としか見えない広大なミシガン湖を飛び越えて、オヘア空港に到着した。タキシング中、遠くにシカゴ市街地のスカイラインが見えた。2年前と違ってESTAでの渡航者の場合入国カードの記入は不要となっていた。ロンドンで預けた荷物を一旦受け取り、税関を通って再び係に預ける。そこから新交通システムに乗ってかなり離れた出発ターミナルへ移動。荷物はちゃんと着くのか心配になる。

 イギリスと違ってアメリカのサマータイムはまだ後一週間続くため、この日のシカゴとロンドンの時差は5時間。シカゴとオレゴンの間の時差が2時間。ちなみに後ほど行くハワイではサマータイムは無く、サマータイムのオレゴンとは3時間の時差である。全くややこしい。

 うまくいかないもので、ここからオレゴン州ポートランド行きのフライトは折り返し機材の到着遅れのため、1時間20分ほど遅延。結果的にシカゴでの乗り継ぎ待ち時間が4時間以上となった。おかげで、パワーポイントの原稿修正が捗った。

 シカゴからポートランドまではフライト時間4時間。午後7時過ぎに到着となる。ロンドン時間では既に午前3時。今回最も疲れた移動だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 2日 (月)

X02Tが壊れる

 東海デジタルホンから、J-phone、Vodafoneを経て、Softbankへ。

 平成9年に最初に携帯電話を購入したとき、鉄道系という理由でデジタルホンを選択しました。でも当時南伊豆町は通話圏外で下田まで行かないと使えませんでした。そのうちに地上局が作られ、自宅でも通話ができるようになりました。平成11年に田子に引っ越すと、また圏外に戻ってしまいました。安良里・大田子・田子とだんだん基地局が南下してきて、ある日また使えるようになりました。平成16年に日光に引っ越すと、自宅では圏内だったものの、職場が圏外…。人生で3回も、ある日それまで使えなかった携帯電話が突然使えるようになるという嬉しい体験をしています。えっ、そんなのうらやましく無いって…。

 それはさておき、Softbank X02T。Windows Mobile はこの2年で著しく凋落。今やSmartphoneと言えば、iPhoneとAndroidの事実上の一騎討ちとなってしまいました。医療系アプリケーションも語学学習系アプリケーションも、Windows Mobile からは続々と引き上げてしまい寂しい状況に。一方、Android は、モバイルSUICAや、エクスプレス予約への対応も完了し、液晶画面のサイズも大きくなって老眼に優しくなってきましたので、満を辞して4年振りにメイン回線の920SH102SHに機種変更しました。電話をかけるならガラケーの方が使いやすく、凝ったことを色々やるには Smartphoneの電池は持たなすぎるので、決して万人向けとは思えないのですが、既に高機能全部入りタイプのガラケーは滅亡してしまいました。

 X02Tの24回分割支払はまだ4回残っており、サブ回線として2012年4月までは維持して、WMWiFi router専用機として使い、その後解約してデータ通信専用機を契約する心づもりでいました。保障パックもついでに解約してしまいました。

 ところがです。そんな日蔭の生活は嫌だと気分を害したのか、それから1週間も経たないうちに、X02T…先日突然充電ができなくなりました。機能的には全く問題なく使えます が、どうやらMicroUSBポートが壊れたようです。(でも何故か変換アダプタを介して接続したヘッドホンから音は出るのです。) コネクタのゴミを掃除したり、ケーブルを色々変えて試してみましたが駄目。修理に出すと基盤交換となると予想されますし、年末年始を挟み、いったい何日かかるやら。保障バックを解約してしまったので、修理代はかなり高額になりそう。というわけで、電池が切れる前にマスターリセットし個人情報を消去。分割払い残金約1万円という臨時出費を残して解約となりました。

 機械も愛情を注がないとすねてしまうのかなあと、思わずにはいられない出来事でした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年1月 1日 (日)

2012年明けましておめでとうございます

 2012年、辰年です。4回目の年男が回ってきてしまいました。今年も宜しくお願いいたします。

 2011年は年間で22万を越えるアクセスをいただきました。ありがとうございます。

 昨年3月11日の東日本大震災は、大変なショックでした。被災地女川町に4回足を運び、人間一人の力がいかに小さいか、そして力を合わせる事が如何に大切か、実感しました。東北の太平洋岸の被災地では、まだまだ復興への長い長い道が始まったばかり。引き続き協力が必要ですが、8月以降は行けていないのが残念ですが、今年のうちには機会を作って行きたいと思います。

 医師の臨床研修に関連した業務が増え、普段勤務している職場以外でも、多くの素晴らしい方々と出会う事ができました。また秋にはイギリス、アメリカを回り、海外とのチャンネルも強化されました。今年も更に、多くの方々と円滑なコミュニケーションをはかり活動範囲を広げていきたいと思います。地域医療振興協会ではこの春から開始となる新規プロジェクトが多く、関係各施設とも大変多忙になっていきますが、将来に向けての基盤作りと考え、地道にやっていく事が重要と思います。

 昨年12月に、伊東市から千葉県に転居しました。温泉と豊かな自然からは遠くなってしまったのが残念ですが、自宅近くに魚市場があったり、下町風情が結構残っている所です。若者の数が多く、学校に通う子供たちや、赤ちゃんを抱っこしたお母さんを多数見かけます。都市の活力を感じます。逆に、日本の地方都市の高齢化を強く実感する事となりました。もちろんこの高齢化率の比較的低い町においても、高齡者医療や福祉の問題は確実に存在しています。

 プライベートにおいては、毎年何か一つ新しい事に挑戦しようと思っています。しかし、昨年当初はダイビングのライセンスでもと思っていましたが、震災でそんな気分も吹っ飛んでしまいました。今年こそ、何か一つ実現したいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月31日 (土)

RCGP OHSU UH 訪問記録12 ポーツマスハーバーとHMSビクトリー

 2011年11月29日土曜日、引き続き鉄モード。
Img_6236  ロンドン市街地を離れるとすぐにのどかな農村風景が広がる。丘陵地の様子は何だか北海道に似ていると思う。

 Woking、Winchesterと知っているような知らないような名前の駅を通り、Eastleigh駅に到着。ここから南に分岐する支線に踏み入れ各駅停車となる。一部単線区間も混じる。駅の電光表示を見ると少なくとも1時間ヘッドで列車は走っている様子。良かった、帰りの足は心配無い。何しろ下調べを全くしていないのでミステリーツアー状態である。

Img_6243  Portchester で海岸に出る。遠くに目立つタワーのような物と市街地が見える。どうやらあれがポーツマスのようだ。半島部を進む。終点一つ手前の Portsmouth & Southsea がポーツマス市の中心。ほぼ定刻に行き止まりの終点 Portsmouth Harbour に到着した。(イギリス英語なので、Harborでは無い。)

 駅の電光掲示板で帰りの足を確認する。Waterloo 駅行きが1時間に2本、Victora駅行きが1時間に1本ある。それぞれ途中の経路が違うようだが、なーんだ、案外交通便利じゃないかと安心する。

Img_6258  日本とは違って改札口は無人である。すぐ目の前が港だが曇天で寒々しい。入り江の向こう側には島が見える。天然の良港であることはわかるが、ドーバー海峡に通じているという実感はあまり湧かない。港に沿って歩いていると、Portsmouth Historic Dockyard の案内看板が立っている。波止場の歴史的建造物を利用した観光施設になっているようだ。Img_6251敷地への立ち入りは無料。

 1805年のトラファルガー海戦やネルソン提督に関する展示(無料)がされている。海戦で活躍した軍艦HMSビクトリー号が停泊しておりチケットを買えば内部の見学ができる。ビクトリー号の進水は1765年だったそうだ。現在も海軍の重要拠点であり、奥の方には現役の軍艦も停泊していた。

 もちろんポーツマス条約に関する展示は何も無い。(だから違う町だってば。) というわけで、何の気無しに成り行きで訪れたポーツマスであったが、結構楽しめてしまった。

 駅前に Fish and Chips と書かれたファーストフード店を発見。イギリスに来たからには一度は食べなければと思い店に入る。Regular size の Cod £3、Chips £1.5 を購入したが、これが予想通りものすごいボリューム。昼食を食べ損ねて空腹だったにも関わらず、1/3程度食べた所でギブアップしてしまった。

Img_6263 帰りは Waterloo駅よりもホテルに近い Victoria駅行きの列車に乗車。運行会社は行きとは違う Southern railway 。4両編成の先頭と終端には一等室がついている。南寄りのルートを辿る。途中の小駅は軽快に通過していく。途中で前に4両増結。土曜日なので空いているのかと思いきや、どんどん乗客が増えて立ち客も出てきた。

 快速運転でさぞやロンドンまで早いのだろうと思ったら、そうでも無く、所要時間は2時間4分と行きと大差無かった。Victoria駅からホテルまでは徒歩で20分程。行き当たりばったりの一日が無事終了した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月28日 (水)

RCGP OHSU UH 訪問記録11 何となくポーツマスハーバーに向かう

 2011年11月29日土曜日。今回と次回は鉄モード。

 土曜日という事もあり、公的機関はお休み。そんなわけでロンドン滞在中唯一の自由行動日となった。とはいえ、下調べの時間が無くて予備知識ゼロ。ガイドブックも買っていない。ネットや地図を見てあたりをつけて、とりあえず徒歩で出発してみた。

Img_6196  Knightsbridgeにあるホテルから、徒歩で市街地方向へ向かう。グリーンパークの中を抜けると、道の真ん中には馬の糞がたくさん落ちている。流石はロンドン。バッキンガム宮殿の前を通るが、今日は衛兵の交代は無いと書かれている。

 南に向きを変えて、ウエストミンスター大聖堂へ。そこから東に向い、ウェストミンスター寺院を見学。建物の中にたくさんのお墓が作られている不思議な空間を体験。次にビッグベンを横目に見ながら、ウエストミンスターブリッジでテムズ川を渡る。橋の向こうを左に曲がった所が大観覧車のロンドンアイだが、長蛇の列ができていて乗ろうという気にはならない。

 ここはテムズ川遊覧船の船着場になっており、ちょうど40分間で戻ってくるクルーズ船があったので乗船。船は一旦ウェストミンスター橋をくぐりビッグベンの前でUターン。その後市街地を左右に見ながらロンドンブリッジ、タワーブリッジとくぐり、もとの船着場に帰って来た。歩いてタワーブリッジまで行こうと思っていたが、用事が済んでしまった。

Img_6219 Img_6217  ロンドンアイの北側でテムズ川の鉄橋を渡っていく鉄道を眺めながら地図を確認すると、近くに Waterloo駅がある。行ってみることにした。大きな駅の構内には巨大な電光掲示板が。見ていると15分後の13時9分にポーツマスハーバー行きの列車がある。ポーツマス…聞き覚えのある地名だ※。ハーバーというからには海岸まで行くのだろうと単純に考え、乗車券売り場へ。「ポーツマスハーバーまで往復下さい。」£31とたいして高くない。乗車券をよく見ると、London terminals から Portsmouth stations となっている。

Img_6220  何の下調べも無く飛び乗った列車。運行会社はSouthwest Trains 。特に急行とか特急とか書いてないのだがWaterlooを発車すると、途中駅をどんどん通過していく。車内放送に耳を傾けると、終点のポーツマスハーバー到着は15時19分…なんと2時間以上かかるようだ。思ったよりも遠かった。^^;まあ日帰りは問題なくできるだろう。

※この時思い浮かべていたのは、ポーツマス条約…日露戦争の講和条約であった。ところがこのポーツマスはアメリカ合衆国ニューハンプシャー州にある別の都市である事に気がついたのは帰国した後であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月27日 (火)

湊病院問題 南伊豆町長記者会見で療養型病床が必要との認識

 12月23日、伊豆新聞記事からです。おやっと思う情報です。
----------

  •  12月22日南伊豆町長定例記者会見。
  • 「東伊豆町、河津町と下田市にそれぞれ新病院が開院し、来期から賀茂地区の医療が大きく変わる。人口減少の中で、お互いの病院経営が大変になってくるが、住民が機会均等に医療を受けられるよう県に判断をお願いしたい」と述べた。
  • 下田メディカルセンターの増床には具体的に言及せず。
  • 療養型ベッドは必要になってくるとの認識を示した。
  • 一部事務組合では200床を想定した財務シミュレーションは行われていない。医療スタッフの確保と人件費増などの課題があり、慎重な姿勢を示した。

---------

 市議会でも産婦人科設置を含む増床について積極姿勢を示した下田市長に対し、南伊豆町長は慎重姿勢を示しました。更に療養型ベッドについて言及したとの事。療養型としての増床を考えているのか、既存154床の一部を療養型にしようというのか、この記事からはわかりません。

 もし前者だとすると療養型で増床というのは優先順位が低くなります。12月21日の賀茂地域医療協議会では、静和病院廃院に伴う145床は、原則一般病床、二次救急医療、周産期医療、小児医療を提供する病床などが優先事項として挙げられていました。もし後者、すなわち154床の一部を療養型にするのならば、これまでの数年間の議論をないがしろにし、指定管理者応募条件を覆すような話しになります。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年12月26日 (月)

湊病院問題 賀茂地域医療協議会 145床配分への道筋

 12月22日伊豆新聞、静岡新聞、朝日新聞に、21日の第1回賀茂地域医療協議会の記事が掲載されました。
----------

  • 6市町の首長と賀茂保健所長、賀茂地区の医療関係者ら14人が出席。
  • 静和病院の廃院により賀茂地域は病床非過剰圏域となった。145床の空きが生じた。
  • 病床整備計画を来年2月まで公募。3月中に県が内容を審査、賀茂地域医療協議会で意見を聴取後病床配分を決定する。
  • 整備計画では、
    医療法上必要な人員の確保が見込まれること、
    収支計画に妥当性があり、必要な資産を有すること、
    などが審査される。
  • 優先事項に、
    原則一般病床
    2次救急医療、周産期医療、小児医療を提供する病床
  • 各首長からは公平な分配を求める意見。
  • 他の意見として「すべての病床を分配して空き病床が出ないか」「不足する医師や看護師を取り合うことになるのでは」
  • 医療圏の現状と課題として、住民の41.1%が圏域外の病院に入院している事が報告された。
  • 分娩件数はが2008年の291件から、2010年には248件に減少し、4割が圏域外での分娩。

----------

 145床の分配が決まるのは年度をまたぐのかどうか。この春に賀茂医療圏には大きな変化が生じるので、個人的には、各病院の立ち上がりの状況を把握した上で病床を配分するのが良いのではとも思いますが、そのようにはならないようです。

 これまで共立湊病院の新築をめぐって自治体間の綱引きが繰り広げられてきましたが、結果的に圏域内の各地区で2次医療を整備する流れになってきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月25日 (日)

湊病院問題 南伊豆町 下田への通院対応が課題

 12月21日伊豆新聞記事からです。 この記事の情報ソースは書かれていませんが、独自取材によるものでしょうか。
----------

  • 南伊豆町では住民の通院の足として、土日祝日を除く毎日、各地区から共立湊病院を含む町内5医療機関を中心にマイクロバスを運行中。
  • 同町健康福祉課によるとバスの利用者はピーク時には4859人、昨年度は1953人。共立湊病院の指定管理者の切り替えが影響していると見られる。
  • 来年度も引き続きバスを運行予定だが、町外の下田メディカルセンターへの運行が困難。また病院としては一部事務組合立のため南伊豆町だけに通院バスを出すことが難しい。
  • 町はバス代の一部補助を検討中。利用者数の把握は難しい。

----------

 南伊豆町は湊病院のある湊地区、役場のある下賀茂地区が二つの大きな集落になっています。町内の医療機関の全てがこの地区周辺に有ります。しかしその他に海岸沿いや、山間部に多くの小集落が点在しています。特に西海岸の妻良、子浦、仲木といった地区や、青野川上流域の蛇石などは、役場からも車で山道を30分以上かかるなど、かなり不便な場所です。

 国立湊病院の頃からずっと町では曜日で地区を決めて医療バスを運行してきました。これは無医地区対策として必須の物です。来年度病院が下田に移ると、行政の垣根を越えて隣の下田市までバスを延長する事ができなくなります。これは、今まで下田市から共立湊病院までの通院援助が無かった事の裏返しではあるのですが…。

 一方下田市内の医療機関の数は多いので、全部を回る医療バスは現実的ではありませんし、下田メディカルセンターだけに医療バスを出すこともできないでしょう。組合で運行するとすれば、西伊豆町、松崎町、東伊豆町、河津町にも運行しないと、不公平になります。

 伊豆下田病院など民間医療機関では通院バスを自主運行しているところも多いのですが、こういう事がフレキシブルにできないのが組合立の病院ゆえの以前からの悩みです。ただ、下田メディカルセンターは南伊豆と下田を結ぶ路線バスの経路上にあるので、既存の路線バスを活用する事ができます。

----

 賀茂医療圏では、各地区毎に独自に二次医療を確保する動きが強まっています。東伊豆では東部総合病院の増床・移転新築に協力姿勢を示しています。河津町も伊豆今井浜病院の増床を求めています。もし共立湊病院組合を下田市と南伊豆町だけに再編すれば、下田メディカルセンターを巡る施策も柔軟にできるようになるのかも知れません。病院から最も離れた場所にいて、利用機会もない地方議員の意見に左右される事も無くなります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«RCGP OHSU UH 訪問記録10 Queensbridge Group Practice 見学