Habari gani ?の楽しみ方

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[写真は伊豆シャボテン公園にて]

 Habari gani ? とは スワヒリ語のあいさつです。Habari は News の事。gani は、どんなという意味です。Habari gani ? と聞かれた場合の返事は決まっています。Nzuri ! (Good !)。このブログは2006年10月のタンザニア旅行記を残そうと思って始めたものです。

 記事としては、旅行記が一番多く、次いで車に関する物、購入した書籍や商品に関する感想などとなっています。地域医療の問題にも、深く切り込んでいます。

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◯現在連載中のシリーズ記事

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅 2017年8月。ギリシャ、キクラデス諸島のフォレガンドロス島に滞在。断崖絶壁の上にあるホラの町。綺麗だけれど水が冷たいエーゲ海のビーチなど。 

新専門医情報 1年延期されて2018年度開始の新たな専門医の仕組みの混乱を受け、最新情報を収集中です。

私とパソコン
17歳で出会ったパソコン。昔の思い出を綴っています。(更新停止中)

◯連載終了したシリーズ記事

フィリピン、特にシアルガオ島の旅 8月は雨季のフィリピンにあって東部のシアルガオ島周辺だけは乾季。日本では殆ど知られていないこの島はサーファーの聖地。この国最大のマングローブ林やきれいな海が待っています。 

南アフリカ西ケープ州の旅 2015年7月 人生3度目のアフリカ旅行は南アフリカ。おまけの香港半日観光、定番のケープタウン周辺から足を伸ばしてアフリカ大陸最南端の岬や真冬のサファリを体験。

西オーストラリアMotorhomeの旅 2014年11月、西オーストラリア州をMotorhome(キャンピングカー)で旅行。ジョグラフ湾や森林地帯を中心に回ってきました。

スコットランドの写真を少々 2013年11月にスコットランド北部のハイランド地方を中心に、地域医療の現場を見てきました。合間などに撮影した写真を中心としたレポートです。

マレーシア、特にボルネオ島の旅 首都クアラルンプールに立ち寄ったあと、アジア有数の野生の楽園、ボルネオ島へ。

湊病院問題 静岡県南伊豆町にあった共立湊病院の下田市への移転・新病院建設にまつわる諸問題や不思議な出来事について分析しています。

2012年6月Thomas Jefferson University Hospital 研修記録 フィラデルフィアの風景+αではオフの活動を紹介しましたが、こちらの連載では、内科と家庭医療科の見学のレポートをお届けします。

2012年シンガポールJCIプラクティカム 2012年4月23日から27日にかけてシンガポールで開かれた Joint Commission International に関する国際セミナーのレポートです。

ビンタン島の旅 シンガポールから船で1時間。インドネシアが国を挙げてリゾート開発に取り組んでいるビンタン島北西部のリゾートエリア。それはそれで楽しいのですが、外の世界はもっと楽しい。

フィラデルフィアの風景+α
  海外研修で1ヶ月アメリカペンシルバニア州フィラデルフィアに滞在。週末など撮影したアメリカ東部の写真を紹介しています。

シンガポールの風景
セミナー参加で訪れたシンガポール。合間などに撮影した写真を紹介しています。

RCGP OHSU UH 訪問記録 平成23年10月下旬から約2週間で世界一周してきました。イギリスにおけるかかりつけ医制度の状況や、ポートランドの個人開業プライマリーケアクリニック、ハワイ大学でのシミュレーションセンター教育などを見てきました。

石垣島の旅再び
2011年9月、2年続けて石垣島の美しい海でのんびり。

女川町医療支援報告 平成23年3月11日の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町。3月31日から4月7日まで、地域医療振興協会の医療支援チームに参加しました。その後も5月、6月、7月と週末を利用して医療支援を行いました。

石垣島の旅 2010年9月、石垣島の美しい海でのんびり。

伊豆大島 一泊の旅 2010年2月13日から14日にかけて、伊東港から僅か30分の伊豆大島に出掛けました。

メキシカンカリブとニューヨークの旅 2009年10月 メキシコ合衆国のリゾート地カンクンを拠点にカリブ海で遊んできました。

オレゴン健康科学大学訪問記2008 5年ぶりに訪れたオレゴン州。今回は地域医療をささえる現場を視察してきました。

ハワイの旅 2008年9月オアフ島旅行記。アフリカが大好きな人間が、何故か真逆の日本人だらけの「海外」に行く事に…。

古い鉄道写真アルバム 昔撮影した鉄道写真を紹介しています。 へぼ写真も、ちょっと貴重な写真もあります。

沖縄の旅全15回。2008年2月の3連休の沖縄小旅行記です。

カンボジアの旅  全53回。2007年9月のアンコール遺跡、プノンペン、シハヌークビルの旅行記です。

タンザニアの旅 全30回 2006年9月のアフリカタンザニア旅行記です。セレンゲティ国立公園、ンゴロンゴロ保護区のサファリ、ザンジバル島を巡りました。

オレゴン健康科学大学(古い)訪問記 全20回 2003年12月に訪問したアメリカ合衆国オレゴン州ポートランド市にある、OHSU 家庭医療学教室やクリニックの見学記録です。

2003年マラウイへの旅 アフリカの知られざる国マラウイの訪問記。

くるま履歴書 全14回 これまでに乗った車の履歴。その他の自動車ネタもこのカテゴリーに分類。

お勧めの飲食店 よく行くお店を紹介。偏っていますが。

ボリビアのロペス医師 全9回 2007年2月に研修にやってきたロペス医師の活動とボリビアの写真を紹介。

◯写真集
タンザニアの写真集(1) Safari ya Tanzania 野生動物やインド洋などベストショットの高画質写真集。
タンザニアの写真集(2)ブログ記事で使った写真を再編集。
スイスとミラノの写真集 スイス登山鉄道の旅。
タイ バンコク、サムイ島の写真集
マラウイ共和国 ブログ記事で使った写真を纏めました
日光の四季 日光の風景写真を集めてみました。記事では未公開だった写真もあります。
伊豆の風景 伊豆の海や花などの写真を集めました。

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2018年6月24日 (日)

山万 ユーカリが丘線

2017年10月28日撮影
Dsc_0052  関東地方の未乗線区を少しずつ乗りつぶしていますが、だいぶ佳境に入ってきました。今回は京成本線のユーカリが丘駅前から出ている新交通システムのユーカリが丘線に乗車。
 山万は不動産会社でユーカリが丘ニュータウンの開発元なのですが、地区内の交通の利便性確保のため自前で新交通システムを建設・運行しています。なので公式サイトもユーカリが丘のタウンポータルサイト内に設置されています。
 路線はラケット型をしており、途中の公園駅から反時計回りに地区内を一週して、公園前に戻ってきます。
Dsc_0054 1982年の開通とのことですから、もう36年経っています。なかなか乗りに来る機会がありませんでした。車両はコンパクトな3両編成で、VONAと呼ばれるこのシステムは殆ど普及せず、現在はこのユーカリが丘線のみだそうです。見たところ中央に案内軌条があり、走行輪はゴムタイヤと思われます。
全部で3編成あり、こあら1号-3号と名付けられています。カラーリングなどは共通のようです。
Dsc_0058 面白いのは車両の向き。ラケット型の路線を行って帰ってくると編成が逆向きになります。こういう例はなかなか珍しいと思います。運賃は全線均一で一乗車200円です。
 沿線は住宅がびっしりかと思いきや、かなり自然豊かな感じで、特にラケットの内側の部分は農地や山林が目立ちます。中学校駅と伊野駅の間にはトンネルも。

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2018年6月19日 (火)

神津島8 おまけ

2017年9月30日(日)撮影

 神津島滞在最終日。今日は待機番では無く、飛行機は昼過ぎなので午前中に島の何箇所かを再訪問。

Img_0105 1枚目。ありま展望台から前浜を展望。右側の山がやや邪魔ですが、白い浜と背後の天上山を一望できます。ここにはジュリアの十字架が建てられています。十字架は安土桃山時代の朝鮮人キリシタンである おたあジュリア を記念してたてられたものです。おたあジュリアは、ここ神津島で没したとされ、集落の中にはジュリアを祀った墓もあります。

 十字架は結構大きいので、十字架の全景を入れつつ、背後の海を写し込むのはなかなか難しいようです。

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 2枚目。多幸浜を再訪しました。24日よりも天気が良く、日差しに照らされて海はきれいな発色です。火山の溶岩ドームと白砂の浜の取り合わせは、日本離れした光景です。

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 神津島空港の2階から到着したドルニエ機を撮影。背後には大きくKOZUSHIMAの文字が並んでいます。

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 搭乗手続きを終えて、搭乗待合室へ。実にコンパクトな搭乗待合室です。搭乗案内の放送があったら、入り口で搭乗券を確認してもらい、写真の左手から入室。搭乗時間が来たら正面の扉が開かれて駐機場へと徒歩で移動します。定期旅客便が発着する空港としては、ミニマムなスペックです。

 

 

 

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2018年6月14日 (木)

神津島7 灯台と千両池

2017年9月24日(日),30日(土)撮影

Img_0092cr2  神津島の南側には空港があり、その南側は断崖になっています。人は住んでいません。南側の高台に灯台が立っています。灯台にも行って見ましたが、中に入れるわけでは無く、周囲を回っても展望が開けるわけでは無いのて、灯台そのものに興味が無い限りは無理して行くこともありません。

Img_0096 灯台から少し西側の崖下の千両池と呼ばれる瓢箪型の入江があります。車道の終点から歩いて海岸まで降りることが出来ますが、かなりの急斜面の崖を下っていく必要があります。(24日は待機番でしたので上から眺めるに留め、30日に崖を下って見ました。)

Img_0110  慎重に崖を下ると岩場に出ます。ペンキのマーキングを頼りに進んでいくと、千両池の縁に到着しました。人を寄せ付けない断崖にぽっかりと口を開けた細い入江。入江の中は波も静かです。

 穴場スポットですがなかなかアクセスは大変。ここに至るまでの車道も、途中待避所が無く、24日の復路は対向車をやり過ごすために細く曲がった山道で100mぐらいバック運転を余儀なくされました。

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2018年6月 9日 (土)

神津島6 多幸湾と溶岩ドーム

2017年9月24日(日)撮影

Img_0069 神津島の東海岸の多幸湾にあるのが三浦漁港です。西海岸の神津島港からは車で15分ほど。天候によってはこちらの港に船が発着することがあり、旅客待合所も設置されています。

Img_0072 三浦漁港の北側に広がるのが多幸浜で、前浜と同様に白い砂浜になっています。見上げると天上山の溶岩ドームがよく見え、その途中(標高500mぐらい)から白い急斜面のがれ場がそのまま海に落ちているのが見えます。がれ場の白い土が堆積してできた浜なのだろうなとわかります。

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 この日はやや波が荒く泳げる感じではありませんでしたが、夏場はこの浜も海水浴場になっています。

 

 港側は防波堤によって波静かな浜になっていますが、船舶の出入りがあります。

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 高台から三浦港を望みます。沖合に見えるのは三宅島。右手の小さな島は御蔵島です。

 

 

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2018年6月 4日 (月)

神津島5 島の北海岸

2017年9月24日(日)撮影

Img_0064 赤崎遊歩道の駐車場から立派な赤崎トンネルを抜けて道はもう少しだけ北に続いています。この先(というかしばらく手前からすでに)誰も住んでおらずいったい何のために作ったのかなあと思いながら進んでいくと、唐突に行き止まりになりました。柵の向こう側には立派な大黒根トンネルが口を開けていますが、立入禁止の標識が出ています。このあたりがちょうど島の北端付近になります。携帯電話は大丈夫通話圏内です。

Google Mapsの航空写真で見てもこのトンネルの反対側が貫通しているのかわからないのですが、立入禁止のこのトンネルを抜けて、さらにその先まで行って戻ってきたレポートをネット上に見つけましたが…。

Img_0103  大黒根トンネルの入り口から1km弱先、神戸山の東の裾野が海に落ちるところに 返す浜(かやすはま)があります。ここへは舗装された林道が通じています。車を時々停めて、携帯電話が圏外にならないことをチェックしながら進んでいきます。急坂を下っていくと次第に浜が近づいてきました。沖合には△の利島と、台地状の新島が見えています。

Img_0100 道路は 返す浜に向かってまっすぐ突き進んだところで唐突に終了。大黒根トンネルからここまで道を延長するつもりであった事が何となくわかる作りになっています。

 返す浜の砂は前浜と違って黒っぽく、高い波に洗われています。とても泳げそうに思えませんが、かつては海水浴場であったようです。

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2018年5月30日 (水)

神津島4 名組湾のトロッコ跡と赤崎遊歩道

2017年9月24日(日)撮影
Img_0053  神津島の港から西海岸を北上します。(メインの県道は港から一旦川沿いに坂を登り、天上山の中腹を進みますが、海岸沿いを北上しても神津島温泉の先で合流します。)
 赤崎の手前、名組湾の海岸にコンクリートで出来た小さな橋のような遺構が見えます。なんとトロッコの廃線跡との事。背後の神戸山で採掘された石を海岸から搬出するために施設された人力トロッコだったそうです。
Img_0068 車を停めて近づいてみますと、橋の手前にも路盤のような平坦な道が残っています。橋の部分には立入禁止の標識が建てられています。橋の向こう側は少し右にカーブして岩場へと続いています。この先が船着き場だったのでしょう。
Img_0066 標識の上からまっすぐ覗き込んで見ますと、橋の部分は2条の細いコンクリートの構造のみ。線路は横に渡された枕木の上に敷設されていたようです。
 鉄道とは無縁と思っていた離島に鉄道の痕跡を見かけると非常に嬉しいものです。
Img_0056 ここから少し北に有名な赤崎遊歩道があります。岩場に挟まれた細い海は非常に透明度が高くて、水底が透き通っています。9月下旬ですが何人かの方は泳いでいます。飛び込み台も設置されていて、度胸試しもできますが、怪我には気をつけてくださいね。

Img_0061  しまった水着を持ってくるんだった、と思いましたが、考えてみれば待機番でしたので、やっぱり泳ぐわけにはいきませんでした。

 それにしても神津島の海の綺麗なこと。

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2018年5月25日 (金)

神津島3 前浜

2017年9月24日(日),26日(火)撮影

Img_0042 神津島の集落の殆どは島の西側にあり、高速船やフェリーが発着する港も西海岸に位置しています。(天候によっては東岸の三浦港に発着することもあります。)
 港のすぐ南側には前浜という白砂のビーチが約1kmにわたり広がっています。
Dsc_0017 他の伊豆諸島の島々と同様に火山島である神津島。熱帯では無いのでサンゴ礁も当然ありませんが、そのような地理的環境でありながらこれだけの白いビーチが広がっていることに驚かされます。
 天気に恵まれれば、海は美しいエメラルドグリーンとなります。南側から港方向に向かって撮影したほうがより綺麗に写ります。
Dsc_0026 高台から見ても綺麗ですが、波打ち際まで行ってみると、水の透明度にまたびっくり。これは石ころ浜のエーゲ海なんて目じゃないですね。
Dsc_0035 西海岸ですから夕陽も大変美しいです。

 そういえば西伊豆で過ごした5年間は夕陽をよく見るチャンスがありましたが、日没をじっくり楽しむことが出来たのはその時以来のような気がします。

 

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2018年5月23日 (水)

新専門医情報 機構サイトに2018年4月理事会の内容が掲載されました

521日付けで、日本専門医機構のサイトに、「第26回理事会概要」が掲載されておりました。

http://www.japan-senmon-i.jp/aboutus/tayori.html

 以前は「機構便り」として理事会報告が遅れ遅れながら掲載されていましたが、平成296月を最後に途絶えていました。今回リニューアルする形で、「機構便り」タブの中身が置き換わっています。1ヶ月以上経過してから(すでに27回理事会まで開催済み)の掲載であり、新情報として参考になるようなものはあまりありませんが、機構からの情報発信が再開されたことにほっとしています。なお以下の4つの資料が添付されています。

資料1.「東京都の基幹施設の専攻医に関するアンケート結果」(平成304月)
資料2-1.「サブスペシャルティ領域の機構認定基準」(平成304月)
資料2-2.「サブスペシャルティ領域の機構認定に関わる申請手順(フロー)」(平成304月)
資料2-3.「サブスペシャルティ領域の機構認定に関わる参考資料」(平成304月)

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2018年5月20日 (日)

新専門医情報 専門医機構 2018年5月18日理事会 2019年度に向けてのスケジュールについては触れられず

5月18日に日本専門医機構の理事会が開催され、関連記事がM3.comに掲載されましたのでご紹介します。

消化器内視鏡専門医、日本専門医機構認定のサブスペに
役員改選期迎える、6月末の社員総会で決定
https://www.m3.com/news/iryoishin/603622

 記事内容のうちの一つは消化器内視鏡専門医が機構認定になったというもの。(これまでは機構で扱うサブスペシャリティーとして承認されていませんでした。)

 内科、外科、救急科、臨床検査科、小児科、放射線科 が基本領域になるとのことです。内視鏡学会のある先生は総合診療と耳鼻咽喉科も基本領域に入れることを検討しているとおっしゃっていましたが、今回の発表では除外されています。臨床検査科や放射線科が加わっているのは、超音波内視鏡や透視下の内視鏡検査を想定してのものかも知れません。

 もう一つは6月末での役員改選。これは2年毎と決まっていますので新しい話ではありませんが、629日の社員総会(各基盤学会の代表などが集まる会議)で決定されるそうです。

 都市部への集中に対する対策としては、山下副理事長が「どんな方法で専攻医を募集するのか、改変するのか、今回の方法を踏襲するのか、いろいろなアイデアが出ているが、現時点ではまだ煮詰まっていない。まずはエビデンスを集め、何が起きたのか、問題は何かを調べ、検討する」と述べ、松原副理事長はシーリングの在り方について1ヶ月以内には結論を出したいと述べたとのことです。

  初期研修医2年目や研修病院の現場で気にしているのは2019年度開始の専門研修に向けての専攻医募集スケジュールなのですが、それについては今回の記事では記述がありませんでした。基本領域学会のサイトでは個々にプログラムの修正・追加を募り、締切を過ぎたところもあります。一方、機構直営の総合診療専門医については何一つアナウンスが無く、今年度も立ち遅れが懸念されます。

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神津島2 神津島港

2017年9月24日(日),27日(水)撮影

Img_0039 2017年9月24日(日)から30日(土)まで代診させていただいた神津島村国民健康保健診療所は、港から急な坂を登る途中にあります。入院施設を備えた有床官僚所で、人工透析の設備も備えています。
 常勤医師は2人体制で、今回の代診はうち1名の入れ替え時のギャップを埋める目的です。到着した24日は休日ですので休診。急患が出た時に呼ばれる当番に入りますが、携帯電話がつながるエリアに居さえすれば、島内のどこからでも30分以内に診療所に戻って来ることができます。
Img_0045 港には多くの漁船が停泊しています。背後にはこの島を形成した火山である天上山がそびえ立っています。今なお火山活動が活発な伊豆大島や三宅島と違って現在天上山の火山活動は落ち着いており、記録に残っている最後の噴火は西暦838年とされています。

Img_0049神津島港には「よっちゃーれセンター」という施設があり、土産物や海産物を購入できる他、2階の食堂では昼食をいただくこともできます。昼に海産物を食べられるお店は意外に多くないので、食べ物に困ったらとりあえず「よっちゃ~れ」に行ってみるのが良いでしょう。
 東京竹芝桟橋から1日1往復している東海汽船のジェットフォイル。Dsc_0050 この日の船は鮮やかなピンクに彩られた「セブンアイランド愛」号です。
 竹芝桟橋までの所要時間は3時間40分。途中式根島、新島、利島、大島の各島に立ち寄ります。

高速船とは別に大型客船さるびあ丸が就航しており、こちらは神津島への往路9時間55分、復路8時間20分で竹芝桟橋との間を結んでいます。

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2018年5月15日 (火)

神津島1 調布飛行場から19人乗りのでプロペラ機で

2017年9月24日(日)撮影

 だいぶ時間が経ってしまいましたが、2017年9月24日から30日にかけて、伊豆諸島の神津島に代診に行ってきましたので、その時に撮影した写真をさらっと紹介していきます。

Img_0007 一枚目。調布飛行場のエントランスです。2013年に新築されたばかりで、真新しく清潔です。新中央航空の伊豆諸島便のみが就航しています。朝8時台は各島へ向かう第一便が続々と出発するため、混んでいるかと思いきや、そうでもありません。何しろ各機定員19名で、観光バスの半分以下ですから。チェックイン時には体重を自己申告します。機内の重量バランスをとるためです。

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 待合室には島の特産物を売る自動販売機がありました。その他は飲料の自販機しかありません。

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 8時30分の新島便、8時40分の三宅島便に続き、8時45分に神津島便が出ます。いずれも機材はDornier 228-212 NG。片側一人がけのプロペラ機です。

 通常の飛行場と同様、待合室とは仕切られた搭乗待合室に呼ばれてしばし待機。三宅島便が出発したあと、係員の案内で駐機場へ。飛行機の入り口で名前とシート番号を言われるので、呼ばれた順に機内へ。せ、狭いです。

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 飛行時間は僅か40分。低空から都心、東名高速東京料金所、横浜港、鎌倉と眺めを楽しみ、海上へ。やがて左手に伊豆大島、利島、新島を見下ろしながら南下。天気に恵まれ飛行も安定しており、あっという間に神津島空港に到着しました。

 

 



 

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2018年5月10日 (木)

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅42完 新アクロポリス博物館

2017年8月26日(土)
Img_2755  近代的な新アクロポリス博物館は2009年に新築されたものです。アクロポリスで発掘された出土品が、広大な館内に展示されています。もともとの博物館はアクロポリスの東斜面にあったそうですが、膨大な出土品を展示するのには手狭となったことから、移設・新築が計画されたとのことです。

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この建物そのものも遺跡の上に建てられており、2枚めの写真のように発掘現場を上から眺められるようになっています。遺跡を保護する目的で、博物館の建物が柱によって支えられた人工地盤の上に建てられているのが見て取れます。

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 大きなガラス窓から、正面にアクロポリスの全景が見えます。何よりも涼しいのがありがたいです。カフェも設置されていて、アルコール飲料も提供されています。まっ昼間から Ouzoを飲んで元気を回復します。透明のOuzoを水割りにすると白濁します。アニスの強いフレーバー、なかなか癖になるお酒です。

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 エレクテイオンから移設された6体の少女像の柱もこの博物館に展示されていて、間近でみることができました。硬い大理石といえども長い年月の間の風化が見て取れます。細かな表情などは読み取る事ができません。今エレクテイオンを支えているのはレプリカの柱です。

 2時間ほど博物館を見学すれば、ギリシャの旅ももう終わりです。小学3年生には、真夏の遺跡巡りは辛かったようです。でも何とか頑張ってくれました。娘のリクエストで最後にまたインドカレー屋さん Indian Havli に…。2泊3日の滞在の間に4回も足を運ぶことになりました。

 ホテルからアテネ空港まではタクシーを利用。今回はŠkodaの車両です。フォルクスワーゲン傘下のチェコの自動車メーカーです。日本に入ってこない車に乗る機会があることも海外旅行の楽しみの一つです。往路と同様 Turkish Airlinesのイスタンブール経由。イスタンブール空港への着陸は一旦北に行き過ぎて、右旋回で南へ、そしてこんどは左旋回で北へと、何故かジグザグに降下していきます。(Flight Awareで履歴を確認してみると、毎日この飛び方をしているようです。)陸の上での飛行高度に制限でもあるのでしょうか…。

 アテネの出発が少し遅れたため、日付が代わり8月27日に。イスタンブールで飛行機を降りたら出発階に直接出てきました。おかげでセキュリティーチェックを省略することができました。ここから成田へは約12時間の長いフライトです。

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2018年5月 5日 (土)

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅41 Roman Agora

2017年8月26日(土)

 ギリシャの旅もいよいよ最終日を迎えました。荷物をまとめチェックアウトし、そのままホテルのクロークに預けて身軽になります。飛行機はアテネ空港22:35発なので、今日も一日市内で過ごすことができます。

Img_2725  地下鉄で昨日も訪れたモナストリアキ駅まで移動。まずは駅近くの Hadrian's Library を訪れます。写真は敷地の西側(駅側)にある入口の部分。西暦132年に建てられたそうですが、破壊されたり、再建されたり、また解体されたり、いろいろあったようです。真新しい白い大理石の部分は最近修復を受けた部分でしょう。

 続いて少し南東に位置する Roman Agora へ。奥に見えているのが風の塔です。

Img_2728 娘にとっては、白い大理石の柱ばかりで、内部が見られるところがあまり無いし、日陰も少なくて暑いし、ということであまりテンションが上がらないようです。そんなわけで、次はフリーマーケットに戻って、アイスクリーム店で一休み。ようやく笑顔が出ます。さあ、体力回復したらもう少し頑張って歩きましょう。

Img_2745  もはや遺跡を見学するという雰囲気でも無く、Ancient Agora を抜け、アクロポリスの西側を抜けて、南側へ。地図で見ると近そうに見えますが意外に遠い。暑いので木陰を見つけて時々休憩します。

 途中の道端に、針金細工のブローチを作って売っているおばさんが。娘は自分の名前のブローチをギリシャ文字で作ってもらいました。

 モナストリアキから1時間半ほどかけて、新アクロポリス博物館に到着しました。

 

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2018年4月30日 (月)

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅40 モナストリアキ

2017年8月25日(金)
P8250333 本日の遺跡巡りは終了。娘はまたもやカレーが食べたいと言います。Googleで検索しオモニア Omonia ΟΜΟΝΙΑΣ駅から少し西にある Royal Curry House というお店に行って見ました。国立考古学博物館からは1.1km。Googleでは星4つ付いていますが、カレーは塩味がきつくて娘の口に合いません。残念でした。
 がっかりして力も出なくなりましたので、オモニア駅まで歩き地下鉄で一旦ホテルに戻ることに。昼間は暑すぎて思うように動けません。予想以上に体力を消耗します。少し日が陰ったころに再びオモニア駅へ。そこから南方に商店街を歩いてモナストリアキ Monastiraki 方面へと向かいます。
P8250341  途中に Central Municipal Athens Market があるのですが、18時で店仕舞いのため、空振りです。人通りも少なくなってやや物騒な雰囲気も感じられるので、さっさと撤退します。商店街のペットショップを覗いたり、アイスクリームスタンドに立ち寄ったりしながら、モナストリアキへ。
 駅周辺は観光客で大変な大賑わい。小さな店が立ち並ぶ Flea Market では、怪しげな商品も色々と売られています。サングラスなどを売る店の店主によると、「今年は日本人を見かけなくなったよ。中国人はいっぱいくるんだけどね。どうしてだろう。」 確かにこうやって歩いても日本語を耳にすることはありません。
P8250346  娘はハンドスピナーと安物のサングラスを買ってもらい、少し元気が出たようです。ホテルに戻る途中、Indian HaveliでバターチキンカレーとナンをTake Awayして、リベンジするそうです。どれほどカレー好きなんだか。

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2018年4月25日 (水)

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅39 ハドリアヌスの凱旋門とゼウス神殿

2017年8月25日(金)

Img_2663 今日は一日アテネ市内観光です。ロイヤルオリンピックホテルのレストランで、素晴らしい眺望を楽しみながらの朝食を堪能したあと、午前10時過ぎにホテルを出発。ホテルの目の前にあるゼウス神殿ですが、入場口は反対側にあり、結構遠いです。

 神殿の外周を左回りに進む途中に Πύλη του Αδριανού ハドリアヌスの凱旋門があります。ハドリアヌスはローマ皇帝で、アテネの再建の功績があったとのこと。

アーチの上に神殿のような構造が乗っていますが、奥行きは1mも無く意外に薄い凱旋門です。門の周囲には柵が作られており、下を通り抜けることはできません。

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 ようやくゼウス神殿の敷地北側にあるゲートにやってきました。昨日購入した共通チケットで入場できるので、ブースに並ぶことなく中に入ることができます。

 紀元前6世紀に建設が始まったそうですが、完成したのは600年以上後の2世紀になってから。ローマ皇帝ハドリアヌスの功績だそうです。キリスト教をギリシャにもたらしたローマ帝国が、ギリシャの神であるゼウスを祀る神殿を完成させたというのはなかなか興味深いです。

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 ローマ帝国の支配がギリシャに及んだ時、キリスト教の布教をすすめるため、ギリシャ神話の全能の神であるゼウスと、イエス・キリストのイメージを重ね合わせたという話が、ダン・ブラウンの小説 Origin の中に出てきます。ローマ帝国によるギリシャ文化の保護はそのような流れの中で行われたのかも知れません。

 しかし、5世紀以降になるとキリスト教以外の存在を否定する東ローマ帝国により神殿は破壊されてしまったそうです。現在残っているのは巨大な神殿の一角の柱と、倒ささた柱の残骸が一部残っています。

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 ゼウス神殿から地下鉄シンタグマ駅に向かう途中の道路脇に古代の浴場跡が残っています。発掘現場の上には遺跡保護のための大屋根がかけられており、暑さを凌ぐのにもちょうどよい場所です。水路なのか複雑な構造物ですが、浴場の様子を想像するのはなかなか難しいです。

  このあと地下鉄でビクトリア駅まで移動し、国立考古学博物館を訪問しました。外は暑いので昼間は屋内に逃げ込むのが正解です。

 

 

 

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2018年4月20日 (金)

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅38 アクロポリスからの眺め

2017年8月24日(木)

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 市内のいろいろな場所からよく見えるアクロポリスですから、逆にそこからはアテネ市内のパノラマを楽しむ事ができます。

 ただし高台で風が強いので、帽子を飛ばされる人が多く、南側の擁壁の下を覗き込むとたくさんの帽子が落ちているのが見えました。なお擁壁の部分は腰ぐらいの高さしか無く、無粋な柵などもありません。娘は率先してその上に座っていますが、親としては心配で仕方がないので背後から手で支えています。

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 南側の直下には、イロド・アティコス音楽堂やディオニューソス劇場が見えます。少し離れて新アクロポリス美術館。遥か彼方にはエーゲ海も見えます。

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 そこから西に目を向けると、宿泊しているロイヤルオリンピックホテルや、その北側にあるゼウス神殿が見えています。

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 更に西にはリカヴィトスの丘が見えます。これらランドマークの間には、近代的なアテネの町並みが広がっています。

 古代と現代が混じりあっているアテネ市街の様子がよくわかります。Img_2635

時刻は18時30分。まだまだ明るいのですが今日の観光はここまでとします。夕方でもまだまだ暑いので思った以上に歩くと消耗します。でも娘はこれからホテルのプールで泳ぐそうです。

 

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2018年4月15日 (日)

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅37 エレクテイオン

2017年8月24日(木)

Img_2643  パルテノン神殿の北側に少し離れて建っているのが Erechtheion Έρέχθειον エレクテイオンです。こちらも紀元前5世紀に英雄エリクトニオスに捧げるために建てられたとのこと。パルテノンに比べると規模は小さいのですが、南西側の角近くにある6体の少女の彫刻が目を引きます。

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 この彫刻は屋根を支える柱としての機能を備えています。普通の柱に比べると、太いところと細いところがありますから、結構緻密な強度計算が必要なのでは無いでしょうか。

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現在残っている少女の彫刻はレプリカであり、本物は新アクロポリス美術館の中で保存・展示されています。

緻密な彫刻を見ていますと、カンボジアのバンテアイスレイのアバター像のことを思い出します。ただし材質はこちらは大理石、あちらは砂岩で加工のしやすさに違いがありますが、直接見比べてみると、アンコール遺跡の彫刻の緻密さに改めて驚かされます。

 

 

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2018年4月10日 (火)

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅36 パルテノン神殿

2017年8月24日(木)

Img_2618  数あるギリシャの遺跡の中でも最も有名な Parthenon Παρθενών パルテノン神殿。その完成は紀元前438年とのことですから、実に2455年も前の話になります。大理石でつくられたこの巨大建造物が、そんな昔につくられたということには驚きしかありません。

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 この神殿も女神アテナを祀るために建てられたものです。(それに対して紀元前何年という言い方も変なのですが。)

 その後の歴史の中でキリスト教会になったり、イスラムのモスクになったりしたそうです。1687年にオスマン帝国の火薬庫として使用されている際に、攻撃を受けて爆発炎上し大きく破損してしまったのが今の姿です。

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 今も修復工事の真っ最中で、足場が組まれ巨大なクレーンが活躍中です。柱の内側に神殿の建物があったはずですが、屋根も含めて破壊されてしまっています。いったいどこまでを修復目標にしているのでしょう。とてつもない長い年月が必要でしょうね。

 

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 パルテノンの南東側に線路が敷かれていました。観光用…では無く、建設用の資材を運び込むためのトロッコの線路です。鉄ちゃんにはついつい気になってしまいます。

 考えてみたら、こんな小高い丘の上まで、無数の重い大理石をどうやって運んだのか、全く不思議なものです。

 

 

 

 

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2018年4月 5日 (木)

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅35 アテーナー・ニーケー神殿とプロピュライア

2017年8月24日(木)

 

Img_2650  アクロポリスの西端の直下にやってきました。大理石の巨大な建造物に圧倒されます。

 Temple of Athena Nike Ναός Αθηνάς Νίκης アテーナー・ニーケー神殿は、1枚目の写真の右上方に写っている建物です。階段を登っていく時には、なかなか視界に入りにくいので見落としてしまいがちです。(しっかり見落としていました。)アテネという都市名とも関連する女神アテナを祀った神殿です。

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 そこからPropylaea Προπύλαια プロピュライアに向けて階段をのぼっていきます。相変わらずつるつる滑るので、足元要注意です。

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 振り返ると眼下にはアテネ市の西郊のパノラマが広がっています。当然ながら手すりが無いので滑り落ちそうで怖いです。

  プロピュライアはアクロポリスの聖域への唯一の入り口です。Proは前を意味するラテン語の接頭辞で、Pylonは門を意味するギリシャ語だそうなので、掟破り感があります。胃の出口である幽門はPylorusと言いますし、ピロリ菌(Helicobacter Pylori)も語源がつながっているのでしょう。そう考えると急に身近な気がしてきます。

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 間近で柱を観察できるのもプロピュライアならでは。修復が加えられた部分は真っ白で違和感がありますが、年数が経つと次第に色合いも揃ってくるのでしょう。

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 階段を登りきり、門をくぐるといよいよ聖域に入ります。ついに Parthenon Παρθενώνας パルテノン神殿とご対面です。

 


 

 

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2018年3月31日 (土)

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅34 ディオニューソス劇場とイロド・アティコス音楽堂

2017年8月24日(木)

Img_2596  ロイヤルオリンピックホテルから西へ。幹線道路を横断し、脇の道路へ。地下鉄の Akropoli Ακρόπολη アクロポリ駅の入り口が見えたら、新アクロポリス美術館の外壁に沿って進んで行くと、10分ほどでアクロポリスの遺跡群への南東のゲートに到達します。ここで5日間有効の共通チケット(30ユーロ)を購入。高い物価の割には良心的な価格設定です。このチケットだけでアクロポリス以外にも明日明後日回る遺跡群に入場できます。

Img_2598  順路に従って歩いてくとまず見えてくるのが Theatre of Dionysus Θέατρο του Διονύσου ディオニューソス劇場。紀元前325年に建設されたそうです。でもなんとなくローマの円形劇場と似てる気がします。後年ローマ風の改築が施されたからのようです。部分的に修復・復元の計画があるとのことですが、見たところまだ修復されている様子はあまりはっきりしません。

Img_2607 背後のアクロポリスに向かって次第に登っていきます。大理石の石畳はつるつるでとても滑りやすいので、注意が必要です。あまり床材には適していない材質です。

 やがて Odeon of Herodes Atticus Ωδείο Ηρώδου του Αττικού イロド・アティコス音楽堂の観客席の上に出てきました。紀元161年の建設とのことですので、少し新しい。こちらは観客席を中心にきれいに修復され、現代においても野外コンサート会場として利用されるようになりました。

 現地に行くまではこれら2つは似たような建造物かと思っていました。しかしこうして間近で見るとディオニューソス劇場と比べて音楽堂は舞台部分が狭く、そして観客席はすり鉢状に深いことに気づきます。

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