Habari gani ?の楽しみ方

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[写真は伊豆シャボテン公園にて]

 Habari gani ? とは スワヒリ語のあいさつです。Habari は News の事。gani は、どんなという意味です。Habari gani ? と聞かれた場合の返事は決まっています。Nzuri ! (Good !)。このブログは2006年10月のタンザニア旅行記を残そうと思って始めたものです。

 記事としては、旅行記が一番多く、次いで車に関する物、購入した書籍や商品に関する感想などとなっています。地域医療の問題にも、深く切り込んでいます。

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◯現在連載中のシリーズ記事

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅 2017年8月。ギリシャ、キクラデス諸島のフォレガンドロス島に滞在。断崖絶壁の上にあるホラの町。綺麗だけれど水が冷たいエーゲ海のビーチなど。 

新専門医情報 1年延期されて2018年度開始の新たな専門医の仕組みの混乱を受け、最新情報を収集中です。

私とパソコン
17歳で出会ったパソコン。昔の思い出を綴っています。(更新停止中)

◯連載終了したシリーズ記事

フィリピン、特にシアルガオ島の旅 8月は雨季のフィリピンにあって東部のシアルガオ島周辺だけは乾季。日本では殆ど知られていないこの島はサーファーの聖地。この国最大のマングローブ林やきれいな海が待っています。 

南アフリカ西ケープ州の旅 2015年7月 人生3度目のアフリカ旅行は南アフリカ。おまけの香港半日観光、定番のケープタウン周辺から足を伸ばしてアフリカ大陸最南端の岬や真冬のサファリを体験。

西オーストラリアMotorhomeの旅 2014年11月、西オーストラリア州をMotorhome(キャンピングカー)で旅行。ジョグラフ湾や森林地帯を中心に回ってきました。

スコットランドの写真を少々 2013年11月にスコットランド北部のハイランド地方を中心に、地域医療の現場を見てきました。合間などに撮影した写真を中心としたレポートです。

マレーシア、特にボルネオ島の旅 首都クアラルンプールに立ち寄ったあと、アジア有数の野生の楽園、ボルネオ島へ。

湊病院問題 静岡県南伊豆町にあった共立湊病院の下田市への移転・新病院建設にまつわる諸問題や不思議な出来事について分析しています。

2012年6月Thomas Jefferson University Hospital 研修記録 フィラデルフィアの風景+αではオフの活動を紹介しましたが、こちらの連載では、内科と家庭医療科の見学のレポートをお届けします。

2012年シンガポールJCIプラクティカム 2012年4月23日から27日にかけてシンガポールで開かれた Joint Commission International に関する国際セミナーのレポートです。

ビンタン島の旅 シンガポールから船で1時間。インドネシアが国を挙げてリゾート開発に取り組んでいるビンタン島北西部のリゾートエリア。それはそれで楽しいのですが、外の世界はもっと楽しい。

フィラデルフィアの風景+α
  海外研修で1ヶ月アメリカペンシルバニア州フィラデルフィアに滞在。週末など撮影したアメリカ東部の写真を紹介しています。

シンガポールの風景
セミナー参加で訪れたシンガポール。合間などに撮影した写真を紹介しています。

RCGP OHSU UH 訪問記録 平成23年10月下旬から約2週間で世界一周してきました。イギリスにおけるかかりつけ医制度の状況や、ポートランドの個人開業プライマリーケアクリニック、ハワイ大学でのシミュレーションセンター教育などを見てきました。

石垣島の旅再び
2011年9月、2年続けて石垣島の美しい海でのんびり。

女川町医療支援報告 平成23年3月11日の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町。3月31日から4月7日まで、地域医療振興協会の医療支援チームに参加しました。その後も5月、6月、7月と週末を利用して医療支援を行いました。

石垣島の旅 2010年9月、石垣島の美しい海でのんびり。

伊豆大島 一泊の旅 2010年2月13日から14日にかけて、伊東港から僅か30分の伊豆大島に出掛けました。

メキシカンカリブとニューヨークの旅 2009年10月 メキシコ合衆国のリゾート地カンクンを拠点にカリブ海で遊んできました。

オレゴン健康科学大学訪問記2008 5年ぶりに訪れたオレゴン州。今回は地域医療をささえる現場を視察してきました。

ハワイの旅 2008年9月オアフ島旅行記。アフリカが大好きな人間が、何故か真逆の日本人だらけの「海外」に行く事に…。

古い鉄道写真アルバム 昔撮影した鉄道写真を紹介しています。 へぼ写真も、ちょっと貴重な写真もあります。

沖縄の旅全15回。2008年2月の3連休の沖縄小旅行記です。

カンボジアの旅  全53回。2007年9月のアンコール遺跡、プノンペン、シハヌークビルの旅行記です。

タンザニアの旅 全30回 2006年9月のアフリカタンザニア旅行記です。セレンゲティ国立公園、ンゴロンゴロ保護区のサファリ、ザンジバル島を巡りました。

オレゴン健康科学大学(古い)訪問記 全20回 2003年12月に訪問したアメリカ合衆国オレゴン州ポートランド市にある、OHSU 家庭医療学教室やクリニックの見学記録です。

2003年マラウイへの旅 アフリカの知られざる国マラウイの訪問記。

くるま履歴書 全14回 これまでに乗った車の履歴。その他の自動車ネタもこのカテゴリーに分類。

お勧めの飲食店 よく行くお店を紹介。偏っていますが。

ボリビアのロペス医師 全9回 2007年2月に研修にやってきたロペス医師の活動とボリビアの写真を紹介。

◯写真集
タンザニアの写真集(1) Safari ya Tanzania 野生動物やインド洋などベストショットの高画質写真集。
タンザニアの写真集(2)ブログ記事で使った写真を再編集。
スイスとミラノの写真集 スイス登山鉄道の旅。
タイ バンコク、サムイ島の写真集
マラウイ共和国 ブログ記事で使った写真を纏めました
日光の四季 日光の風景写真を集めてみました。記事では未公開だった写真もあります。
伊豆の風景 伊豆の海や花などの写真を集めました。

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2019年3月18日 (月)

伊平屋島4 虎頭岩 米崎海岸 屋蔵墓

2018年11月24-26日
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 伊平屋島の玄関である前泊港の背後にある、目立つ岩山を虎頭岩(とらずいわ)と言います。フェリーで島に接近するときも非常に目立っています。虎が寝そべっている姿に似ているからとのことですが、私にはわかりません。
 私は行きませんでしたが、岩山の上に上る遊歩道もあるようです。
Pb240080 伊平屋島の南に隣接して野甫島という小さな島があります。伊平屋島とは橋でつながっています。野甫島の南端近くにある展望台から、伊是名島方向を望みます。展望台に上る階段は踏板が腐って抜けていたりしますので、上る時は十分注意して下さい。展望台下の広場に設置された遊具も、横倒しになったりしています。
Pb240089_2 伊平屋島の南端の東側には米崎海岸があります。白い砂の広々としたビーチで、キャンプ場も併設されています。美しいビーチに誰もいないというところが贅沢ですね。
Pb250069 背後には野甫島に渡る橋が見えています。

 診療所がある我喜屋の集落のすぐ南。岬の崖下に屋蔵墓があります。お墓には第一尚氏と書かれています。琉球王朝
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第一尚氏始祖の先祖にあたるとのことです。

車道から墓へと下っていく入り口のところには、その謂れを解説する看板が出ているのですが、その説明文を呼んでも今一つ意味がわからない感じです。これを書いたひとは理解できているのでしょうか…。

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2019年3月13日 (水)

伊平屋島3  灯台 ヤヘー岩 クマヤ洞窟

2018年11月24-26日
 携帯電話の圏外にならないように気を付けながら伊平屋島内を巡ります。
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 まずは島の北端へ向かいます。沖縄県の有人離島最北端の伊平屋島の最北端は、つまり普通に行ける沖縄県の最北端ということになります。
 日本の灯台はなかなか中に入ることができないのですが、ここ伊平屋灯台も残念ながら立ち入ることは出来ません。
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 この島にハブがいるのは わかっているので、草地に近づくときはついつい足元に注目してしまいますね。
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 北端から少し西海岸を南下したところにあるのがヤヘー岩と呼ばれる凸型の印象的な形の岩。かつては城(グスク)として利用されていたそうな。
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 島の北部にはクマヤ洞窟という崖の窪があります。天照大神が隠れた穴という伝説がありますが、その一方で地理学的な立場からこの地形の成り立ちを解説する看板も立っていたりします。ファンタジーを盛り上げたいのか、砕きたいのか…。
 
 
 

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2019年3月 8日 (金)

伊平屋島2 前泊湊と診療所

2018年11月24-26日
Pb240051  ほぼ定刻通り、伊平屋島の前泊港に到着しました。ほどほどに揺れましたが、プチ酔い程度で無事にたどり着くことができました。
 港には立派なターミナルがあります。フェリーいへやの船体を改めて見ると、マラソン走者のイラストがついています。伊平屋島では10月にムーンライトマラソンが開催されるそうで、それにちなんだものです。ムーンライトマラソンとは、夕方から夜にかけて行われるものです。
Pb240053 マラソン大会にあわせてフェリーが臨時増便となるほか、島内の宿泊施設のキャパを超えるため、前泊公民館などを臨時宿泊所として利用するようです。小さな島にとっては一大イベントです。
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 港から沖縄県立北部病院付属伊平屋診療所に直行。港から車で数分です。ちゃちゃっと申し送りを受けます。島の常勤ドクターは折り返し13時発のフェリーで島を離れるので、都合船が港に停泊している40分間だけが、コンタクトのチャンスということになります。
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 申し送りの後診療所内の確認などを少しして、それからお昼を食べようととりあえず港に戻りました。ところが、ターミナル内やその周辺の食堂は、すでに閉店済み。(最終便が出航して、このあとお客が期待できないからですね。)あちゃー。
 

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2019年3月 3日 (日)

伊平屋島1 運天港とフェリーいへや

2018年11月24日
Pb240014  名護市内からタクシーで30分ほど。今帰仁村の運天港にやってきました。運天港は沖縄本島の本部半島と屋我地島との間の細い海峡に位置しており天然の避泊地であり、沖縄県北部の重要港湾です。
 この港から出る定期船は伊是名島に向かうフェリーいぜな尚円と、伊平屋島に向かうフェリーいへやの2航路のみ。いずれも村営で、島を起点に1日2往復しています。
Pb240007  岸壁にいってみるとちょうどフェリーいぜな尚円が入港してきました。八重山の離島航路と違って、車両運搬も可能な立派なフェリーです。
 尚円は、琉球国王第二尚氏の始祖であり、伊是名島が尚円王の生誕の地と言われているそうです。フェリーの船体横には右手を高く掲げた尚円王の姿が大きく表示されています。
Pb240010  20分ほどで今度はフェリーいへやが沖合に姿を見せました。こちらも立派なフェリーです。伊是名島が1400人、伊平屋島が1200人という人口規模ですので、それから見ると輸送力は明らかに過剰に見えますが、島と本島を結ぶ唯一の交通機関であり、イベント時の観光客輸送、物資搬送、悪天候時の就航率向上などの意図があるものと推測します。
Pb240027 1階甲板の前方が椅子席、後方が桟敷席。2階前方が椅子席で後方はオープンとなっています。当然ガラガラですが、地元の方はあらかた桟敷席でくつろいでいました。私は揺れることを覚悟の上で2階の前方へ。
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 定刻の11時ちょうどに岸壁を離れます。前方に見えるのは屋我地島と古宇利島を結ぶ古宇利大橋ですが、橋の下をくぐるわけではなく、左側に回り込んで外海へと出ていきます。
  この日の海は結構荒れていたようで、前方の甲板が波で洗われることもしばしばありました。とはいえ船が大きいので、まあ八重山の高速船よりはずいぶんましで、船酔いすることなく80分の船旅を終えることができました。

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2019年2月26日 (火)

名護で久々の山羊料理

2018年11月23-24日
Pb230001 伊平屋島への移動のため、名護市内に1泊です。天気もよく半袖でちょうど良い気候でした。ホテルにチェックインしたあと、日課のウォーキング。21世紀の森公園前のビーチから海岸沿いに世冨慶まで。そのあと市街地へ。祝日の夕方ですが、シャッター商店街になってしまっているようで、ひっそりとしていました。
Dsc_0326 名護では山羊料理を提供するお店が何軒かあります。その中のひとつ、「ひんぷん山羊料理店」に行ってみました。
Dsc_03201  壁にはってあるメニューはご覧の通りシンプル。山羊そば、山羊汁、そして山羊さしみ!。新鮮という文字に、一瞬意味合いを考えてしまいます。汁はちょうど煮込み中とのことで30分ほどかかるとのことでしたので、スク豆腐やシュウマイなどをつまみに、泡盛を飲みながら待つことに。
Dsc_0321 スク豆腐とは、豆腐の上にスク(あいごの稚魚)の塩辛(カラス)が乗ったものだそうです。スクガラスの塩味が島豆腐に染みて、素朴な味わいです。
Dsc_0324  まだ山羊汁が煮えないので、店の方のおすすめに従い山羊さしみに挑戦。緑の葉っぱはフーチバー(琉球よもぎ)で、山羊料理には臭み消しとして必ず添えられるものです。生姜醤油でいただきます。
 一口食べれば、口の中に広がるヤギ肉独特の香り。(臭みととらえる人もいますが。)
Dsc_0325  ようやく山羊汁も出来上がりました。こちらもフーチバーが散らされています。久々の山羊料理を堪能しました。
Dsc_0328effects  ラストの1枚は、ご存知名護市役所。こうしてモノクロに加工すると、ますます東南アジアの遺跡感が強まります。

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2019年2月21日 (木)

与那国島 ヌックイタ、北牧場

2018年11月28日(土)から29日(日)撮影
Pa270003 与那国島も5回目の訪問です。今回は週末を中心に2泊3日の代診。週末なので、携帯電話が入る範囲内で、常時待機となります。
 さすがに海中以外ほとんどの場所行きつくした感がありますが、ヌックイタは行きそびれていました。祖納集落を見下ろす、ティンダハナの崖の上側にある展望所がヌックイタと呼ばれるようです。
Pa270005 つながる道路にはテキサスグレーチング(動物を隔離するための深い横溝)があり、この先が牧場として扱われていることがわかります。
 ヌックイタの展望台が遠望されましたが、草の丈が高く踏み跡もはっきりしません。そしてたくさんの牛が集まっています。深い草を踏み分けて行くのは心配です。(与那国島にはハブは生息していないそうですが。)
 草の枯れた真冬でないとなかなか近づけないようで、今回も到達できぬまま宿題になりました。
Pa270009 ティンダハナタからは、崖上に上がる道は無いようです。
 冬と違ってお日様には恵まれたのですが、遥か南海上に居座る台風のおかげで強風が吹きつけていました。飛行機も条件付き運航で、場合により石垣島に着陸するかもとのことでしたが、揺れながらなんとか与那国空港に着陸できたのでした。
Pa270015 もう一か所未訪問だったのは北牧場。与那国空港の北側にある牧草地です。行ってはみたものの、特に見るものはありませんでした。
 土日の急患呼び出しも1回のみで、今回は非常に平穏な代診でした。
 

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2019年2月16日 (土)

江島(えのしま)宮城県女川町 2

2018年10月20日
Pa200149  高台から港方向を望みます。
 女川湾の沖合のこの島の周囲は良好な漁場となっており、それゆえこの不便な離島に住み続ける理由があるわけです。
 なお、島の気候は夏は冷涼、(この地域としては)冬は温暖で、過ごしやすいのだそうです。それも人々が島を離れない理由の一つになっています。
Pa200152 女川町の各入江には、震災後に「女川いのち石碑」が建てられました。これは2011年3月11日の大津波の最大到達地点に建てられています。地震が発生したときには、必ずこの石碑よりも高い場所まで避難すること。そのメッセージを1000年先まで残すために建てられました。
Pa200154  もともとは接岸困難であったこの島。以前は船は沖合に停泊させて筏で物資を運び込んでいたそうです。
 今はご覧のような立派な港が作られました。本土からの定期船は1日3便。もう一つの離島である出島へは、本土からの架橋建設が進んでおり、いずれ陸続きとなります。江島だけが離島として取り残されるため、島では定期便の不採算化による便数削減を懸念する声が上がっていました。

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2019年2月11日 (月)

江島(えのしま)宮城県女川町 1

2018年10月20日撮影
Pa200122  地域医療振興協会の初期研修医に地域医療を経験してもらう2泊3日のセミナーで、宮城県女川町を訪問しました。女川駅前のトレーラーハウスのホテルエルファロに2泊。中日の20日は、二手に分かれて女川の離島である出島(いずしま)と江島(えのしま)を訪問しました。私は江島組。
 前々日に予定していた定期の巡回診療が、荒天で延期となり、この日に行われることに。巡回診療と研修医の訪問が同時実施となりました。ただ、週末とあって、島を離れている島民もいて、普段よりも少ない受診だったようです。
Pa200126_2  女川港から小さな船に乗り込み、女川湾を東へ。途中、牡鹿半島の北岸に位置する女川原子力発電所が見えます。津波に耐え住民の避難所ともなりましたが、震災から7年半を経て、まだ運転停止中です。
 30分ほどで江島に到着です。
Pa200150  巡回診療の行われる集会所は、港から歩いて10分ほどの高台にあります。震災後に新築された真新しい建物です。
Pa200145  そこから数分のところには、震災まで診療を行っていた江島診療所の建物が残っていました。かつては島に小学校もありました。現在は不測の原発事故の際に島民が逃げ込むためのシェルター施設となっています。
 島の住宅は比較的高台にあり、人的な被害は無かったそうですが、ライフラインが寸断されたため震災後は全島民が本土側に避難を余儀なくされました。

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2019年2月 6日 (水)

オーストリアの旅21 Kuenringerbad

2018年8月22日(水)
 アウトバーンA1を東へ。山岳部でも制限速度120km/h、区間によっては日中のみ140km/hに設定されています。途中メルクで北に進路を変え、ドナウ国道へ。世界遺産ヴァッハウ渓谷を抜ける道です。クルーズ船に乗って川岸のブドウ畑や古城などを眺めるのが観光の定番のようです。せっかくの風景ですが運転手の私以外は全員爆睡中。
 デュルンシュタインの町はずれの駐車場で小休止と思って入っていくと、Kuenringerbad という看板が…。ドイツ語でBadと言えば英語ではBath…温泉施設?調べてみると温泉では無く、天然の池を使ったプール施設とのことです。目を覚ました子供たちの目が輝きだします。「プールだ。やったあ。」 いや、プールに来ようと思ってこの道を通ったわけでもないし、ここに車を停めたわけでもないのですが。
Img_1171  そんなわけで小休止のつもりが予定外の大休止に。16時前から約3時間も滞在してしまいました。天然の池なので岸には苔も生えていてヌルヌルしています。水は濁っていてゴーグルをつけて潜っても前はほとんど見えません。深いところは1.5mもあります。そしてここの水も冷たい!
 ここまで来ればウイーンまではあと1時間。(遅れるかも知れないと電話で連絡してはおきましたが)20時の閉店ぎりぎりにレンタカー会社まで無事たどり着きました。
 翌23日で私たちの旅行は終了です。2家族でのホームステイ、小さな子供を連れの旅でそれなりに苦労もありましたが、一味違ったオーストリア滞在となりました。

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2019年2月 1日 (金)

オーストリアの旅20 ザルツブルク市街

2018年8月22日(水)
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 ホテルをチェックアウトしたあと、ミラベル宮殿前の駐車場まで車で移動。そこから徒歩で Mozart Residence を訪問しました。内部は博物館となっており、土産物店やカフェも併設されていました。ここでも日本語を含む各国語対応の音声ガイドが利用可能で、各部屋を回りながらモーツァルトの生涯や、家族についての情報を知ることができます。
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 少しだけ歩いて、東側のカプツィナーベルクへと向かう山道の入り口にやってきました。建物の下のアーチ状の部分が道路になっています。
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 急な坂道の左側が車道になっていますが、幅は狭く車1台が通るのがやっと。右側は歩行者用の階段になっています。
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 少し上っていくとザルツブルク市街が一望できました。
 この坂の下はちょっとした広場になっていて、その真ん中から高さ何十センチかで水が噴き出しています。間欠的に止まったり、高くなったり。3人の子供たちは夢中でずぶ濡れになって遊んでいます。彼らにとってはこれがザルツブルクの一番の思い出になったのでしょう。
 Img_1168さてもう13時を過ぎてしまいました。今日の20時までにウイーンでレンタカーを返却しなければなりません。そろそろ出発することにしましょう。
 
 
 
 
 

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2019年1月27日 (日)

オーストリアの旅19 Salzburg Mülln-Altstadt駅

2018年8月22日(水)
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 普段起床が早いのでどうしても早くに目が覚めます。一人でホテルの部屋を抜け出して、運動を兼ねて散歩に出かけました。
 ザルツァッハ川沿いに少し北に歩き、道路橋で対岸に渡ります。南側の鉄道橋の上を列車が通過していきます。
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 川の対岸を南に進んでいくと、Salzburg Mülln-Altstadt駅がありました。中央駅の隣の駅です。日本と違ってホームへの出入りは自由ですので、さっそく行ってみましょう。
 高架上の線路は3線あり、一番北側の線路にはホームが無く列車が通過していきます。駅は島式1面でローカルのSバーンだけが停車するようです。
Img_1142 しばらくするとちょうど上下のSバーンが同時に到着しました。  
 ホームの東端まで行ってみると線路の間に通路が伸びています。はて?
 通路を歩いていくと、上下線の線路の間を通ってそのままザルツァッハ川の橋梁へとつながっていました。(1枚目の写真に写っている橋です。)川の東岸で通路は終点となりますが、階段で地上へ降りることができます。
Img_1146 なるほど、鉄道橋を架け替えた時に、歩道橋としても利用できるようにしたのですね。確かに南北の隣接する橋は200-300m離れていますので、この鉄道橋を歩いて渡れると便利ですし、駅の利用圏も広がります。おかげさまで私もホテルまで楽に戻ることができました。

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2019年1月22日 (火)

オーストリアの旅18  ザルツァッハ川

2018年8月21日(火)
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 少し列車は遅れましたが、ウガンダからウイーンを経由して無事にNancyが到着。Nori familyの二人の子供たちも久しぶりにお母さんに会えて大喜びです。
 6人そろったところで、ホテル向かい側のレストランBraurestaurant IMLAUERで夕食。オーストリア料理とオーストリアのビールを堪能します。
 夕食後もまだしばらくは明るいので、一人で町の散策に出かけることに。町の真ん中を流れるザルツァッハ川。その西側に旧市街があります。
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歩行者用の鉄橋は映画サウンドオブミュージックの中でも出てきた有名な橋です。
 川沿いの遊歩道を南へ。ザルツブルクの旧市街は川と背後の丘に囲まれた狭い平地にびっしりと建物が並んでいます。
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 旧市街の一角にある写真の黄色い建物が、有名なモーツァルト生家 Mozart Geburtshausですが、とっくに営業は終わっており中に入ることはできませんでした。観光ガイドブックの写真と雰囲気が違うなと思ったら、1階右側の2か所の扉が閉まっているためでした。扉の上にはSPARの電光看板が。Googleストリートビューでみても、やっぱりSPARのロゴが見えていますが、店内の様子はスーパーやコンビニでは無いようです。
 迷路のような旧市街地をうろうろする間にすっかり暗くなってしまいました。足もくたびれてきましたので、ホテルに戻ることにしましょう。
 
 
 

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2019年1月17日 (木)

オーストリアの旅17 ザルツブルク中央駅

2018年8月21日(火)-22日(水)
 ザルImg_1107_1ツブルクに到着しホテルにチェックイン。Urban Stay Salzburg Cityはコンパクトで簡素な宿です。駐車場が狭いのと、エレベータが無い(しかも部屋は4階!)のが難点でしたが、駅と旧市街の間にある便利な立地であることが取り柄です。
 君とK君のママは、ウガンダでの仕事を終え、本日ウイーンに到着。空港からそのまま列車でザルツブルクへ直行。列車の到着時刻に合わせてザルツブルク中央駅にお出迎えです。
Img_1109_1 駅前のバス乗り場には、普通のバスに混ざってにトロリーバスも乗り入れています。
Img_1110_1  堂々とした駅舎の前は、大きな広場になっていて、道路は少し遠くに追いやられています。段差の無い広い空間を人が自由に行き来できる駅前というのは、あまり日本では見かけることがありません。子供たちはキックスケーターで走り回っています。
 列車の到着にはまだ少し時間があるので、その間を利用してちょっと駅構内へ。
Img_1113_1  このCity Shuttleや、ウイーンで乗った S-Bahnのようにオーストリア国鉄の車両は基本的に赤と白の塗色なのですが、向こう側のホームに停まっている列車は水色の塗色で異彩を放っています。
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車体にはMeridianのロゴが…。Meridianと言えば有名なホテルチェーンです。(マラウイのゾンバのKu Chawe も以前はMeridian系でした。)調べてみると、ドイツで鉄道事業をしているほか、オーストリアのWestbahnやオーストリア国鉄とも提携して接続チケットを販売していたりするようです。

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2019年1月12日 (土)

オーストリアの旅16 ハラインの岩塩坑 Salzwelten

2018年8月21日(火)
 Maishofenの児童公園から北に向かって出発。Saalfelden am Steinernen Meer ザールフェルデン・アム・シュタイナーネン・メアー を通過したと思ったら、次は Weißbach bei Lofer ヴァイスバッハ・バイ・ローファーだの St. Martin bei Lofer ザンクト・マルチン・バイ・ローファーだの、舌を噛みそうな長い前の町をいくつか通り過ぎていきます。道路は山に囲まれた細長い緑の谷を進んでいきますが、やがて進路右前方に屏風のように切り立った大きな白い山塊が見えてきました。Berchtesgaden国立公園の山並みです。この大きな山塊の西側から北側へと回り込むように、ルートを取ります。Unkenを過ぎたところで、国境を越えオーストリアからドイツに入ったはずですが、全くわかりませんでした。
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 ドイツ領内は素晴らしい山岳ルートで運転している私は気分爽快なのですが、山道で酔いやすい娘からは、いつまでこのうねうね道が続くのかとクレームが。お昼過ぎだしこのあたりで昼食でもとってドイツに足跡を残そうかと、沿道のレストランに行ってみましたが、なんと火曜定休日でした。あたりに他に店も無く、無理を言って子供たちのトイレだけお借りして、先へ進みます。Google Mapsの案内通りに脇道に進むと、すれ違いが難しいぐらいの細い山道に。林の間を抜けて、農地に囲まれた何の変哲も無いのどかな峠が再びドイツ・オーストリア国境。二度の国境越えは何とも拍子抜けでした。国境からものの2-300メートルでハライン塩鉱へと向かう立派な道路に出ました。
 
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 子供たちを飽きさせないようにと立ち寄った、Salzwelten (塩の世界)でしたが、なんと入場は4歳以上。3歳のK君はパパと一緒にお留守番。(ちょうどストローラーでぐっすり。)というわけで、うちの夫婦と娘、そして5歳のT君で入場です。
 最初に白衣に着替えます。(服の上から着るだけ。)作業服を模して雰囲気を出すのと同時に服が汚れるのを防いでいるのでしょう。
 
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 階段を降りてトロッコ乗り場へ。横坑の中へと数百m入っていきます。塩がいかにこの地域の領主の利権になり、ザルツブルグの繁栄につながっていたのかを学びつつ(ドイツ語と英語のみ)、採掘現場の展示や、2か所の滑り台、筏での池渡りなど、なかなか楽しいアトラクションでした。 (この滑り台があるので4歳以上なのでしょう。)最後は行きと同じトロッコに乗って地上に戻ってきます。
 
 山の景色を眺めながらテラスで遅い昼食をとります。ここからザルツブルクまでは40分ほどです。
 
 
 

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2019年1月 7日 (月)

オーストリアの旅15 KinderspielplatzとMaishofen-Saalbach駅

2018年8月21日(火)
 なかなか楽しかった Zell am Seeでの2泊の滞在を終え、今日は Saltzburgに移動です。移動中に子供たちに車で寝ていてもらおうということで、"疲れさせる作戦"が決行されました。
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 Zeller湖から少し北に行ったMaishofenという集落の中の公園に立ち寄ります。どうやって見つけたかというと、単にGoogle Maps で、Kinderspielplatzと入力して検索したら、経路上に近いここがヒットしたというだけです。しかし行ってみると、小さいながら予想外に遊具が充実した遊びがいのある児童公園でした。
 子供たちが遊びに興じている間、周辺の散策に。地図を見ると近くに駅があるのでそちらに行ってみることにしました。
Dsc_0227 Maishofen-Saalbach駅は、Zell am See駅の北隣の駅で、ローカル列車のみが停車します。Zell am Seeからの所要時間は5分ほどです。朝夕はおおむね毎時1本が停車しますが、日中はかなり間隔が開きます。ちょうど目の前を急行が通過していきました。
Dsc_0229 2階建ての立派な駅舎がありますが、無人駅です。無人であろうとなかろうとホームへの出入りはいつでも自由にできます。しばらく待ってみましたが、あいにく通過列車はありません。
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 子供たちがそろそろ遊び飽きてきたころかも知れないと、少し急ぎ足で公園に戻ってみると、まだまだいつまででも遊ぶ勢いではしゃいでいます。
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 もうそろそろお昼ですが、夕方までにはザルツブルクに到着したいところ。ぼちぼち出発しましょうよ。
 
 
 
 

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2019年1月 2日 (水)

オーストリアの旅14 Kitzsteinhorn 2

2018年8月20日(月)
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 Gletscherjet4の終点でゴンドラを降りるとそこは真冬。ガクガクブルブル。少し離れたところには雪遊びゲレンデが見えています。そちらへ行きたがる子供たちに待ったをかけつつ、最後のひとのぼりです。
 
 Gletscher Shuttleという名のフニクラ(日本でいうところのケーブルカー)に乗り換えて、Gipfelwelt 3000の展望台に到着。Gipfelは英語でいうと Summit、Weltは World ですから山頂世界といった感じ。こんな高山まで乗り物を乗り継ぐだけで簡単に来れてしまいます。2004年のスイス旅行以来14年ぶりの標高3000m越えです。やや雲は多いものの、大パノラマが広がっています。
 Img_1033_1 実に標高3029m、Top of Saltzburgの看板がかかげられた Panolama Platformには、写真のように崖から突き出る形の場所も設置されています。下は金網が透けていますが、ガラス張りというわけでは無いので、想像していたような恐怖感はありませんでした。
Img_1040_1 こんな高いところまで3歳の子供を連れてきて大丈夫かというと、今回のような非常に短時間であれば問題ありません。しかし私たち夫婦がかつてスイスのゴルナーグラードの山頂ホテル(標高3089m)で経験したように、ある程度長い時間高地に滞在すると、高山病のリスクが高まってきますので、避けた方が無難です。
Img_1043_1 Gipfelwelt3000からトンネル内の National Park Galleryを通り抜け、さらに続くトンネルを下っていくと、もう一つの展望台に出ます。ここからはオーストリア最高峰3798mのGrossglocknerをのぞむことができます。
Img_1048_1 さて、ここからトンネルに戻っても良いのですが、この高所での登りはきつそうです。展望台からアイスアリーナの方に向かって山道が続いていますので、そちらを下って Gletscherjet4の終点駅を目指すことにしました。
 アイスアリーナの雪遊びゲレンデも、その周囲は完全に雪が消えていて、ゲレンデ自体もシャーベット状になっていました。あと何年かするとこのあたりは夏に雪が全部溶けてしまうようになるかも知れません。
 

 

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2018年12月28日 (金)

オーストリアの旅13 Kitzsteinhorn 1

2018年8月20日(月)
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 やや雲が多いものの今日も晴天です。Zell am Seeの南西方向にあるKaprunの町を抜けて、山中へ。40分ほどでケーブルカー(ロープウェイ)の駐車場に到着しました。冬季はスキー場としてにぎわうので、駐車場は広大ですが、サマーシーズンはそこまでの混雑は無いようです。
 とはいえ、駐車場から見る限りはいったいどこにゲレンデがあるのという感じ。目の前に立ちはだかるのは急峻な急斜面です。
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 ここから乗るのは Gletscherjet 1と名付けられたケーブルカー。標高911mの山麓から、一気に1976mの中腹まで、標高差1065mを全長2457m、わずか9分で一気に上ります。平均斜度23.4度!
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 中腹にはなだらかな土地が広がっています。さすがにこの時期は雪は残っていません。ウインターシーズンにはゲレンデの中心エリアとなるところでしょう。
 Img_1001_1 サマーシーズンには子供用のプレイグラウンドも設けられており、3人の子供たちはそちらにまっしぐら。ふもとに比べるとだいぶ気温が下がりましたが、春のような感じで気分爽快です。下界をのぞむとKaprunの町が。そしてその向こうにZeller湖がかすんで見えています。
 
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 プレイグラウンドのおかげで思わぬ大休止となりました。帰りにまた遊べるからとなだめすかして、先に進みます。一回り小さなゴンドラのGletscherjet 2で標高2453mへ。さらに小ぶりな Gletscherjet 3と4(夏は営業していない中間駅をはさんで、そのまま通し運転です)に乗り換えて、標高2926mまで到達。眼下には氷河が見えてきましたが、温暖化の影響かだいぶ小さくなっており、融解を抑制するためのシートで覆われている場所も見受けられました。

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2018年12月23日 (日)

オーストリアの旅12 Zell am See駅

2018年8月20日(月)
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 平地の少ないツェルアムゼーゆえ、鉄道の駅も町の中心部に位置しています。朝の散歩がてら駅に行ってみました。改札はありませんので、プラットホームへの出入りは自由です。駅舎と反対側には、ツェラー湖の湖畔へとつながる、出口もあります。
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 ウイーンと同様のSバーンの車両がやってきました。平日の朝だというのに、意外なことに乗車客も降車客も数名程度。人の動きはほとんどありません。街全体が朝寝坊。通勤需要というのは限定的なようです。
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 州都であるザルツブルクまでは1時間半ほどで行くことができます。毎時2本程度は走っているよう。
 鉄ちゃんとしては乗ってどこかに行きたいところですが、レンタカーがあるのでそうもいきません。
 
 
 

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2018年12月18日 (火)

オーストリアの旅11 Zell am Seeと Zeller湖

2018年8月19日(土)-21日(月)
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  ザルツブルク州の南部、ツェルアムゼー郡の中心地であるツェルアムゼー。その名の通り、ツェラー湖 Zeller Seeの西岸に位置するリゾートの町です。宿泊した Romantik Hotel Zell am See は、市街地の中に位置していますが、敷地内にプールがあります。子連れ旅には大変重要なポイントです。建物は古いですが、由緒あるホテルという感じで、快適な滞在でした。
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 夏は湖水浴やハイキングあるいは何もしない。冬は周辺に多数あるスキー場へのアクセス拠点として、一年中観光客が絶えない町です。夜になると中心市街地はいっそうの賑わいを見せます。
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 宿泊客には無料の Zell am See Kaprun Summer Card が発行され、周辺の観光施設や公共交通の多くが無料で利用できます。宿泊費に含まれているとも言えますが、なかなかお買い得感のある仕組みです。
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 ハルシュタットではぐったりしていた子どもたちですが、そんなことはすっかり忘れて、早速プールに直行。子供にとっては世界遺産よりも、プールの方が大事なのです。
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 初日の夕食はホテルのレストランで食べました、翌日は町中のイタリアンレストランで。涼しい屋外でいただく、料理は格別です。
 この町にはアラブ系の観光客が多く訪れるようで、アラビア語表記のレストランも目立ち、遅くまで開いているコンビニはアラブ系の経営だったりします。(そのためアルコール飲料は売っていない…。)
 
 
 
 
 

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2018年12月13日 (木)

オーストリアの旅10 ハルシュタット

2018年8月19日(土)

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 ウイーンからアウトバーンA1を西に向かいます。ウイーンとザルツブルクを結ぶ、この国一番の幹線です。比較的平坦な地形が多く、快適だが単調な運転が続きます。途中Loosdorfのパーキングに立ち寄り、少し早めの昼食。といってもマクドナルドなのですが。面白いと思ったのは、マックの注文方式。あちこちに大型の液晶パネルが設置されていて、表示されるメニューをタッチして注文およびクレジットカードで決済。商品が出来上がると番号が表示されるので、カウンターに取りに行くというスタイルでした。
およそ230kmほど走行して、224番RegauのインターでA1を離れます。(アメリカのフリーウェイト同様、インター番号が起点距離を示しているのですね。)B145に入り南下。次第に山間に分け入っていきます。やがてトラウン湖Traunseeのほとりに出ます。狭まる谷を更に南下していくとハルシュタット湖に出ます。湖の南西部の急峻な崖下にへばりつくようにあるのがハルシュタット Hallstatt 。岩塩鉱山で栄えた世界遺産の村です。
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 湖の両側の崖を見ると、この谷が氷河によって削られたU字谷であることがよくわかります。山間の静かな小村であったハルシュタットですが、1997年に「ザルツカンマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観」として世界遺産に登録されて以来、観光客が激増し、夏休みの日曜日という本日は押し寄せる人波に埋もれていました。こんな地形ゆえ駐車場は限られており、車で来ると大変です。
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 最初は岩塩鉱山あとに向かうケーブルカーに乗るのだとはしゃいでいた子どもたちも、日中の日差しの中、村から少し離れた駐車場から村まで歩くだけで、すっかりごきげんななめ。ジェラートで少しご機嫌を直したものの、村落中心の教会までたどり着く前に引き返すこととなりました。

 本日宿泊するツェルアムゼー Zell am Seeまではあと110kmの道のりですが、いくつもの山を越えていきます。山がちな地形にも関わらず道路は良く整備されており、感心させられます。1時間50分ほどで、ツェラー湖の辺り、ツェルアムゼーに到着です。

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