Habari gani ?の楽しみ方

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[写真は伊豆シャボテン公園にて]

 Habari gani ? とは スワヒリ語のあいさつです。Habari は News の事。gani は、どんなという意味です。Habari gani ? と聞かれた場合の返事は決まっています。Nzuri ! (Good !)。このブログは2006年10月のタンザニア旅行記を残そうと思って始めたものです。

 記事としては、旅行記が一番多く、次いで車に関する物、購入した書籍や商品に関する感想などとなっています。地域医療の問題にも、深く切り込んでいます。

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◯現在連載中のシリーズ記事

ギリシャ、特にフォレガンドロス島の旅 2017年8月。ギリシャ、キクラデス諸島のフォレガンドロス島に滞在。断崖絶壁の上にあるホラの町。綺麗だけれど水が冷たいエーゲ海のビーチなど。 

新専門医情報 1年延期されて2018年度開始の新たな専門医の仕組みの混乱を受け、最新情報を収集中です。

私とパソコン
17歳で出会ったパソコン。昔の思い出を綴っています。(更新停止中)

◯連載終了したシリーズ記事

フィリピン、特にシアルガオ島の旅 8月は雨季のフィリピンにあって東部のシアルガオ島周辺だけは乾季。日本では殆ど知られていないこの島はサーファーの聖地。この国最大のマングローブ林やきれいな海が待っています。 

南アフリカ西ケープ州の旅 2015年7月 人生3度目のアフリカ旅行は南アフリカ。おまけの香港半日観光、定番のケープタウン周辺から足を伸ばしてアフリカ大陸最南端の岬や真冬のサファリを体験。

西オーストラリアMotorhomeの旅 2014年11月、西オーストラリア州をMotorhome(キャンピングカー)で旅行。ジョグラフ湾や森林地帯を中心に回ってきました。

スコットランドの写真を少々 2013年11月にスコットランド北部のハイランド地方を中心に、地域医療の現場を見てきました。合間などに撮影した写真を中心としたレポートです。

マレーシア、特にボルネオ島の旅 首都クアラルンプールに立ち寄ったあと、アジア有数の野生の楽園、ボルネオ島へ。

湊病院問題 静岡県南伊豆町にあった共立湊病院の下田市への移転・新病院建設にまつわる諸問題や不思議な出来事について分析しています。

2012年6月Thomas Jefferson University Hospital 研修記録 フィラデルフィアの風景+αではオフの活動を紹介しましたが、こちらの連載では、内科と家庭医療科の見学のレポートをお届けします。

2012年シンガポールJCIプラクティカム 2012年4月23日から27日にかけてシンガポールで開かれた Joint Commission International に関する国際セミナーのレポートです。

ビンタン島の旅 シンガポールから船で1時間。インドネシアが国を挙げてリゾート開発に取り組んでいるビンタン島北西部のリゾートエリア。それはそれで楽しいのですが、外の世界はもっと楽しい。

フィラデルフィアの風景+α
  海外研修で1ヶ月アメリカペンシルバニア州フィラデルフィアに滞在。週末など撮影したアメリカ東部の写真を紹介しています。

シンガポールの風景
セミナー参加で訪れたシンガポール。合間などに撮影した写真を紹介しています。

RCGP OHSU UH 訪問記録 平成23年10月下旬から約2週間で世界一周してきました。イギリスにおけるかかりつけ医制度の状況や、ポートランドの個人開業プライマリーケアクリニック、ハワイ大学でのシミュレーションセンター教育などを見てきました。

石垣島の旅再び
2011年9月、2年続けて石垣島の美しい海でのんびり。

女川町医療支援報告 平成23年3月11日の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町。3月31日から4月7日まで、地域医療振興協会の医療支援チームに参加しました。その後も5月、6月、7月と週末を利用して医療支援を行いました。

石垣島の旅 2010年9月、石垣島の美しい海でのんびり。

伊豆大島 一泊の旅 2010年2月13日から14日にかけて、伊東港から僅か30分の伊豆大島に出掛けました。

メキシカンカリブとニューヨークの旅 2009年10月 メキシコ合衆国のリゾート地カンクンを拠点にカリブ海で遊んできました。

オレゴン健康科学大学訪問記2008 5年ぶりに訪れたオレゴン州。今回は地域医療をささえる現場を視察してきました。

ハワイの旅 2008年9月オアフ島旅行記。アフリカが大好きな人間が、何故か真逆の日本人だらけの「海外」に行く事に…。

古い鉄道写真アルバム 昔撮影した鉄道写真を紹介しています。 へぼ写真も、ちょっと貴重な写真もあります。

沖縄の旅全15回。2008年2月の3連休の沖縄小旅行記です。

カンボジアの旅  全53回。2007年9月のアンコール遺跡、プノンペン、シハヌークビルの旅行記です。

タンザニアの旅 全30回 2006年9月のアフリカタンザニア旅行記です。セレンゲティ国立公園、ンゴロンゴロ保護区のサファリ、ザンジバル島を巡りました。

オレゴン健康科学大学(古い)訪問記 全20回 2003年12月に訪問したアメリカ合衆国オレゴン州ポートランド市にある、OHSU 家庭医療学教室やクリニックの見学記録です。

2003年マラウイへの旅 アフリカの知られざる国マラウイの訪問記。

くるま履歴書 全14回 これまでに乗った車の履歴。その他の自動車ネタもこのカテゴリーに分類。

お勧めの飲食店 よく行くお店を紹介。偏っていますが。

ボリビアのロペス医師 全9回 2007年2月に研修にやってきたロペス医師の活動とボリビアの写真を紹介。

◯写真集
タンザニアの写真集(1) Safari ya Tanzania 野生動物やインド洋などベストショットの高画質写真集。
タンザニアの写真集(2)ブログ記事で使った写真を再編集。
スイスとミラノの写真集 スイス登山鉄道の旅。
タイ バンコク、サムイ島の写真集
マラウイ共和国 ブログ記事で使った写真を纏めました
日光の四季 日光の風景写真を集めてみました。記事では未公開だった写真もあります。
伊豆の風景 伊豆の海や花などの写真を集めました。

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2019年5月21日 (火)

富山地方鉄道1

2019年2月24日

 富P2240032P2240033山地方鉄道に乗車するのは35年ぶりぐらいでしょうか。乗車歴があると言っても、一駅区間のみ。上野からの夜行急行能登を富山で下車し、高山本線の各駅停車に乗り換える合間の時間を利用して、電鉄富山-稲荷町の一駅区間だけ往復乗車しているだけです。

 アルペン特急宇奈月温泉行き。もと京阪のテレビカーのダブルデッカー車が指定席になっています。車内は経営が心配になるぐらいガラガラ。日曜の日中ですが、人の動きはあまり無いのでしょうか。ちなみに宇奈月温泉までの片道乗車で、一日フリーきっぷの方が割安になるとのことでそちらを勧められて購入しております。(フリーきっぷでも特急自由席には追加料金無しで乗車可能。)

P2240039 発車してまず感じるのが遅くそして揺れること。地方私鉄での路盤整備の難しさが非常に感じられます。

 途中の上市駅で方向が変わります。交換したのは元西武レッドアロー。東急と京阪と西武の車両が顔を合わせるなんて、ここ以外にはありません。

 P2240042車窓には田園地帯をはさんで立山連峰を望むことができます。まだ2月だというのに、平地には全く雪がありません。北陸本線改め、あいの風とやま鉄道線と並走。北陸新幹線と接続する新黒部を過ぎ、黒部川流域の山間地に分け入ると、ようやく沿線に雪が見られるようになりました。

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2019年5月16日 (木)

特急ひだ3号

2019年2月24日

P2240018   名古屋から乗るのは特急ひだ、富山行き。しらさぎが金沢止まりになったので、富山に行くには乗り換えの無いひだを選択する人が増えた…という様子はあまりありません。

 この日のひだ3号は、堂々の10両編成!!壮観です。インバウンド需要が旺盛だからでしょうか。しかしそのうち過半数の6両が高山で切り離しとなり、富山まで直通するのは名古屋方4両のみ。岐阜から先で先頭に立つのはパノラマグリーン車です。約30年前に特急南紀で乗って以来。最前列の右側座席をゲットして、約4時間の長旅を堪能。高山本線は国鉄時代に各駅停車で乗り通しているので、優等列車に乗るのは始めてです。

 P2240020 名古屋から岐阜までは最後部となり、遠くに流れ行く景色を眺めることになります。岐阜から方向転換して先頭になり、高山本線へ。国鉄時代の電化計画が頓挫してしまってそのままになっている高山本線ですが、各務原あたりまでは線形も良くて、快調な走りです。

 山間地に入ると曲線での制限速度が厳しく、さすがのキハ85もなかなかスピードが乗りません。ひだ3号は速達列車で余裕時分があまりないらしく、目一杯で走っているのにじわじわと途中駅の通過時刻が遅れていきます。(編成が長いので、制限区間を抜けて再加速するタイミングも遅れるからなのか…)

P2240023 下呂駅では自由席にたくさんの乗車があり、乗降に手間取り更に遅れが増えてしまいました。

  途中駅で交換したのは黄色い前頭部の見慣れない車両。あとから調べてみるとキヤ95。ドクター東海と呼ばれる検測用の事業用車両です。

  暖冬のため、飛騨路に入ってもほとんど雪がありません。多くの乗客が高山で下車し、先頭車もガラガラに。岐阜県最北部にさしかかり若干雪が見られるようになりました。猪谷でJR西日本の乗務員に交代。国鉄神岡線→第三セクター神岡鉄道が分岐していましたが、2006年に廃止され、だいぶ年月が経過しました。

P2240031 富山平野に出て、新幹線と並走して神通川を渡ると高架化された富山駅に到着。入れ違いに単行の各駅停車が出発していきます。

 富山地鉄に乗り換える間に駅周辺を散歩。駅北口には富山港線を置き換えた富山ライトレールが乗り入れています。

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2019年5月11日 (土)

名鉄知多新線 内海駅

2019年2月23日

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 山口から今度は名古屋へやってきました。

 今年、上毛電気鉄道の赤城-西桐生間を乗車し、関東の鉄道はようやく全線乗りつぶすことができましたが、名古屋周辺はまだまだ未乗線区が多く残っています。特に名鉄は枝線が多くて、乗りつぶしには根気が必要そうです。

 昼前に名鉄新名古屋駅に到着。ここから約4時間の合間時間に知多半島方面を目指します。直近の特急で河和駅へ。富貴まで折り返して内海を目指すつもりでしたが、駅前のバス停をチェックしていると13時に内海駅を経由して師崎へ向かうバスがあることに気づきました。バス待ちの40分の間に港近辺を速足で散策。

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 知多半島の先端近くの中央部は予想外に荒涼とした雰囲気。ピークを越えて西側へと下っていきます。港近くの町中にある河和駅と異なり、後から建設された知多新線の終点内海駅は、集落のある海岸からはかなり離れた町はずれ。夏の海水浴シーズンには開くであろう駅前の売店もひとつも開店しておらず、駅周辺にコンビニもありません。しまった河和駅付近で昼食を確保しておくべきでした。

 広々としたプラットホームを持つ2面4線の立派な駅ですが、人影はほとんどありません。駅構内には飲料の自販機しかなく、とりあえず缶コーヒーで空腹を少し満たすほかはありません。ホームの南端まで行ってみると、高架橋はぷつっと途切れています。1980年の開通から40年近くが経ちましたが、延伸計画は頓挫しているようです。

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 がらがらの各駅停車に乗って北上。山中を高架橋とトンネルで直線的に貫く線形です。知多新線は単線ですが、用地や路盤は複線分が用意されています。しかし今後需要が伸びる可能性は無さそうですから、このまま単線で終わるのでしょう。

 知多武豊で下車。JR東海武豊線に乗り換えます。JR武豊駅までは地図で見る限り500m弱。乗り換え時間8分しか無いため、小走りで頑張り、無事に乗り換えることができました。

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2019年5月 6日 (月)

山口宇部空港と草江駅

2019年2月22日撮影

P2220002   山口宇部空港にやってきました。時間に余裕があるので、空港の周辺を少し散策してみます。ターミナルビルを出て、歩道沿いに出口の方に向かいます。空港の東側には池(貯水池?)があり、その周囲は山口宇部空港ふれあい公園となっています。 公園と言っても遊具のようなものは無く、芝生の広場があるぐらいです。

 池の周囲をぐるりと回ってみます。空港の敷地がよく見渡せます。ターミナルではスターフライヤーの飛行機が折り返しの準備作業中。

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 公園を出て幹線道路を横断して北側へ。100mも行かないうちに踏切があり、その脇にプラットホームが見えます。ここがJR西日本の宇部線草江駅です。空港ターミナルからわずか500mという至近距離です。とはいえ、単線1面1線の無人駅。

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 駅の入り口は踏切を渡った反対側にありました。通勤通学のための駐輪場があります。周辺はまあまあの住宅地ですが、店舗はほとんど見かけません。

 空港からの乗り換え客と思しき人が数名電車を待っていたのが意外でした。この駅を空港アクセスに使うのは物好きな鉄ちゃんだけだと思っていましたが…。

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 宇部行きの電車がやってきました。黄色の105系電車。2両編成ですが、ワンマン運転であり、乗降は前の車両からとなります。宇部線の乗客も、30年前に比べると半分以下に減っており、厳しい状況です。鉄道での運転をやめて専用道に改築してBRTに転換する計画も検討されているそうです。まあ、国鉄時代と変わらない105系や荷物電車改造の珍車123系などは、鉄道趣味的には楽しいですが、日常の乗り物として考えると、結構しんどいものがあります。

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2019年5月 2日 (木)

大山(丹沢)、宮ケ瀬ダム

2019年1月27日

 久しぶりにヤビツ峠を走ってみようと思い立ち、車で出かけました。伊豆半島や日光に住んでいれば、ワインディングロードは生活の中にあるわけですが、東京23区内に居るとなかなか山道を走る機会がありません。

Dsc_0391   国道246号線を西に。厚木市内に入ってから山すそに沿って進み、一旦丹沢山系の大山へ。冬場とは言え休日で駐車場は混んでおり、ケーブル駅からは相当遠い手前の駐車場に駐車。そこから登り坂をケーブル駅まで30分。いい運動です。

 大山観光電鉄(大山ケーブルカー)は初乗車です。中間地点の行き違い箇所に大山寺駅があります。箱根登山鉄道のケーブルカーのように中間駅があるケーブルカーは他にもありますが、行き違い部分に駅があるのは日本唯一のようです。終点の阿夫利神社駅までは6分の道のり。駅から少し上った阿夫利神社下社からは、相模灘を一望できます。

 上社まで行く時間はありませんので、ここからは徒歩で下山。直登路の男坂と、迂回路の女坂があります。歩数の稼げる女坂を選びましたが、これが結構な急坂でした。直登の男坂はどれほど急なのか…。

 車に戻り、ヤビツ峠を目指します。過去の記憶よりもはるかに厳しく狭隘な峠道。休日なのでバイクを含む対向車も多く、難易度が高いルートです。

Dsc_0396  ようやく峠道を脱出し、宮ケ瀬ダムのダム湖畔へと出ます。県営愛川公園の駐車場に車を停めて、宮ケ瀬ダムのダムサイトまで歩きます。ダムの高さは156mもありますので、徒歩で行くのはなかなか骨が折れます。ダム上を対岸まで歩くと、なんとエレベーターとインクラインの乗り場があるではないですか。でも自分の足で上ってこそのありがたみです。

Dsc_0399   物珍しいインクラインでダム下まで移動。左手には大きなダムが迫っています。

 インクラインを降りたらそこから先は平坦な遊歩道が、愛川公園まで通じています。途中の鉄橋の上からダムの全景を見ることができます。大きいですね。

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2019年4月27日 (土)

静岡市梅ヶ島・井川

2018年12月29-30日

Dsc_03731 半日レンタカーを借りて故郷である静岡市の山間地を巡ります。

 まずは安倍川の最上流域である梅ヶ島地区へ。市街地からは1時間半の道のりです。梅ヶ島を訪れるのは久しぶりです。ひいこらいいながら中学生時代に自転車でも登りました。一時期は道路改良が進みましたが、その後はあまり変わっていないようです。梅ヶ島温泉奥の駐車場に車を停めて、三段の滝まで歩いてみます。暖冬で雪は全く無く、滝の水量もかなり少なくなっていました。

Dsc_0377 Dsc_0377  一旦安倍川中流域の六番まで下り、落合、横沢を経て、富士見峠への登りに。道端にはなんと野生のカモシカが。初めて見ました。険しい峠を越えて井川地区へ。静岡に住んでいた時は何度も訪れたことがある井川地区ですが、15年ぶりぐらいに行ってみると、本当に山深い秘境です。今回借りたレンタカーはホンダのN-BOXです。NA660ccのエンジンのはずですがけっして軽く無い車体を、意外なほど軽快に走らせるのにはちょっとびっくりしました。狭い道路では軽自動車の優位性が特に実感されます。

Dsc_0378  大井川鐡道の井川線の終点の井川駅。この時はまだ水害による閑蔵ー井川間の運休が続いていて、営業していない時期でした。ホームには取り残された客車が留置されていました。(2019年3月9日に復旧しました。)過疎化が進む井川地区。人口は400人を切っています。かつて大井川鉄道や静岡鉄道の路線バスが運転されていましたが、今は自主運行バスが走るのみとなり、公共交通での訪問はますます難しくなっています。

 井川からは林道閑蔵線を抜け、接阻峡、千頭を経由し静岡市街へ。かつては未舗装だった林道も舗装されており、落石とたまにある対向車には注意が必要ですが、N-BOXで走るのにもあまり心配はありません。閑蔵を過ぎれば千頭までは長島ダム建設で整備された道路が続きます。千頭からの峠越えの国道(酷道)362号線。川根本町側は道路改良が進みましたが、静岡市側はあいかわらずのつづら折りの狭隘路です。下り坂のN-BOXはますます水を得た魚のように、くるくると小さなカーブをクリアしていきます。山道を走り回ったのに20km/Lを超える燃費を記録したことに二度びっくりさせられました。

Dsc_0380Dsc_0380  翌日は週末のみ運転されている高速バス静岡甲府線に乗車。かつて国道52号線経由で路線パスが走っていた区間ですが、新東名開通後に高速バスとして再開されました。高速バスと言っても高速道路を走行するのは新静岡ICから新清水ICまでの新東名と、増穂ICから白根ICまでの中部横断道のわずかな区間のみ。今後中部横断道の延伸に伴い高速走行区間が増えるのかも知れません。乗客は10名に満たずガラガラの状態で、路線の継続に不安を感じる状況でした。あえて終点の竜王まで乗車し、甲府駅まで徒歩で1時間少々移動。そこから新型あずさに乗って東京まで戻りました。車体傾斜式のE353系は乗車しているとカーブでの車体の傾斜はあまり感じられません。軽快な2連窓の車内の雰囲気は、ひたち・ときわのE657系とよく似ています。

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2019年4月22日 (月)

等々力渓谷

2018年12月9日
Dsc_0346 休日の散歩がてら等々力渓谷へ。東京23区唯一の渓谷とのことですが…。
 東京大井町線等々力駅の近く。下流側にはすぐに環八が走っているとは思えない雰囲気はあります。もっとも、もともと宅地開発前は武蔵野の原野だったわけです。かつての山林が保存されている場所は、ここ以外にも意外にたくさんあります。
 12月上旬でしたが紅葉はまだ楽しめました。
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2019年4月17日 (水)

伊平屋島10 田名城址

2018年11月24-26日
Pb250052 島の北部、田名集落の山すそに田名神社があります。白く簡素な鳥居(なんだか幅が広くて違和感がありますが)の奥に、赤白の祠が祀られています。田名を見下ろす山上にはかつて田名城があったとのことで、登り口を示す看板も出ています。軽い散歩のつもりで山道へと進んでみたところ…。
Pb2500581 容赦の無い直登です。足元は滑りやすく、両脇の木につかまりながら、ひたすらまっすぐに急斜面を登っていきます。あっという間に汗だく。
 途中倒木に行く手を阻まれながらも20分ほどで山上へ。城址といいましても、写真のように石垣の残骸が残っているだけでした。うーん。労力の甲斐があったのかどうかは微妙です。木に阻まれてあまり展望も開けませんし。
 帰り道は更に大変。木につかまりながら慎重に下っていきます。観光気分で来るとけっこうひどい目にあいます。Pb250063

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2019年4月12日 (金)

伊平屋島9 腰岳展望台

2018年11月24-26日
Pb250042 伊平屋村の役場の背後から林道を上がっていくと、伊平屋島の背骨である腰岳の稜線に出ます。腰岳の標高は227m。ここが島の最高峰…なのでしょうね。
 林道沿いに展望台が設置されていましたので、上ってみます。
Pb2500492 北東側を望むと前泊集落から田名集落にかけてが見えます。南東側に目を向けますと、我喜屋集落とその奥に我喜屋ダム。海を隔てて伊是名島を遠望します。なかなか良い眺めです。
Pb250051 展望台のところに掲出されていたハイキングコースの案内図。「みんなも歩いてみるたま~」と言っているのは伊平屋村のイメージキャラクター「てるたまキング」。すぐそばではハブが笑顔で襲い掛かろうとしています。キング危うし。

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2019年4月 7日 (日)

伊平屋島8 神アシアゲ、真井泉

2018年11月24-26日
Pb250016 神アシアゲは神アシャゲとか神アシャギ、神あさげといった呼び名もあります。神様が足をあげる、腰を下ろす場所という意味だそうです。祭事の中心となる一種の神殿ですね。屋根の高さは非常に低くて、大人が中にはいるためには這いつくばらないといけなさそうです。
 神アシアゲは国頭村の安田の公民館前にもありました。伊平屋島には2か所に神アシアゲが残っています。一つは島の南端部に近い島尻地区にあります。茅葺屋根はちょっとぼさぼさした感じ。島尻の神アシアゲは8本脚という特徴があります。隣接する祠の建物は赤色がアクセントになっています。
Pb250034 伊平屋島のもう一つの神アシアゲは我喜屋集落にあります。少し奥まったわかりにくい場所にあります。
 左奥が神アシアゲ、右は「真井泉」と書かれた標識。まいせん…と読むのかな、とんかつ屋みたいだなあと考えながら近づいていくと、ローマ字でMergaと書かれています。日本語のフリガナに"er"。これはいったい!!
Pb250030 まずは左奥の神アシアゲへ。集落のはずれにあるので周囲は広々としています。(島尻は集落の中心部にあるので敷地がこじんまりとしていて、道路に隣接しています。)
 我喜屋の神アシアゲは4本脚で、島尻のものより少し大きめな印象です。茅葺の屋根もしっかりと刈り揃えられています。隣接する祠は白一色。同じ島の近接した集落ですが、微妙な違いがなかなか興味深いところです。
 なお、過去の写真を確認すると安田の神アシャギは12本脚で、柱の長さは伊平屋の二つよりやや長めでした。(中には入りやすそう。)
Pb250035 つづいて真井泉へ。崖の近くにある小さな覆いがかけられた泉でした。ちなみに"マーガ"と読むようです。沖縄出身や沖縄で生活歴のある数名にクイズを出してみましたが、読めた人は誰もいませんでした。

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2019年4月 2日 (火)

伊平屋島7 神の道、八重口、コミュニティーバス

2018年11月24-26日
Pb250026 伊平屋島を歩いていると、琉球地方の伝統的信仰に関連した史跡が多くみられます。
 診療所のある我喜屋集落。海岸から少し入ったところを歩いていると、写真のような標識に出会いました。
 何の変哲も無い小道ですが、なんと「神の道」なのだそう。その先には「八重口(やぐち)」があるようです。(東京駅の八重洲口を連想してしまいます。)
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 20-30mほどで崖にあたって小道は終わりとなりました。(思ったよりも短かった…神の道。)崖下には洞窟があります。これが八重口でしょうか。
 ここも御嶽なのかと思っていましたが、あとで調べたところでは、八重口は村落固有の「村墓」なのだそうです。
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  伊平屋島にはコミュニティーバスがあり、島の東海岸の諸集落と前泊港や診療所をつないでいます。バスとは言え実態は写真のようなバンであります。
 この便の乗客は0でした。

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2019年3月28日 (木)

伊平屋島6 念頭平松、伊平屋天巖戸神社、田名漁港、東原貝塚

2018年11月24-26日
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 沖縄県の2大名松として久米島の五枝の松と並び称される念頭平松(ねんとうひらまつ)。種類としてはリュウキュウマツで、南西諸島に広く分布しています。念頭平松はその名の通り横に大きく育っているのが特徴となっています。(通常は上方向に伸びるのだそう。)いったいどうしてこのような形に育ったのでしょうね。
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 平松に隣接して伊平屋天巖戸神社があります。沖縄で神社?珍しいな。沖縄で鳥居があっても、だいたいは御嶽(うたき)と呼ばれる古来からの琉球伝統の聖地を、明治以降の皇民化政策により神道の施設であるように見せるために後付けで鳥居をたてたものと認識していました。
 実は伊平屋天巖戸神社は2017年12月に新規オープンした Brand New な神社なのだそうです。クマヤ洞窟に祀られていた天照大神をこの地に移したのですね。
 後の記事で示すように琉球の伝統的信仰が色濃く残るこの島で、大和民族の神話である天照大神と天の岩戸伝説が併存しているというのも、なかなか面白い現象です。
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 伊平屋島の西側、東シナ海に面する海岸線には集落は全くありません。外海に面しているからなのでしょうか。そんな中、田名漁港だけは西海岸にあります。田名の集落そのものは、島の中央山地の東側に位置しており、港周辺に人家は全くありません。
 週末の昼下がり。船の姿も漁師さんの姿も無く、閑散としています。
Pb240101
 八重山諸島とは異なり、伊平屋島にはハブが生息しています!写真の場所は東原貝塚跡で前泊の集落に隣接しています。右側には集合住宅が写っており、家路に向かう子供たちの姿が見えます。そんなのどかな住宅地のすぐ脇に「ハブ注意!」の看板が。しかしイラストが随分かわいらしい。とても危険動物・毒蛇のようには見えません。隣にもう一つの看板。「スマホでスタンプラリー」 村としてはこのエリアが近づいて欲しいのか、欲しくないのかよくわからない取り合わせです。
 診療所の職員さんに伺ったところ、抗ハブ毒血清は常備はされているものの、使うことはめったに無いそうです。「ハブがいてもちょっかい出さなければ噛まれることは無い。」のだそうで。
 今回の滞在中、ハブに出会うことはありませんでした。

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2019年3月23日 (土)

伊平屋島5 我喜屋ダム

2018年11月24-26日
Pb240093 診療所のあるのは島で人口が最も多い我喜屋地区。そこから南西方向を見ると、離島には意外なほど大きなダムがそびえているのが見えます。我喜屋ダムと言います。
 沖縄県のウェブサイトによると、長さ145.3m、高さ33mですから、10階建てのビルに相当するなかなか立派なダムです。ダムサイトまでは車道が通じていますが、ダム上は車は通行禁止です。ダムの脇にある管理事務所の標高は50mということですので、ダムの高さだけで海抜の2/3を占めるということになります。
Pb2400941 平成16年に完成したこのダムの建設目的は離島故の水源確保か、と思いましたが、ウェブサイトの記載によると、最大の目的は洪水対策とのことです。ただし水道用の水源としても利用はされているようです。
 ダムはシチフ川流域に設置されていますが、西を流れるスワイザ川からの導水路が設置されており、スワイザ川流域の流量が増加したときに、ダム湖に逃がすことができます。また、この2河川の流量を減らすことで、下流で合流する中の川の氾濫を防ごうということなのでしょう。
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 離島での大型土木工事はなかなか大変だったのではないでしょうか。
 ダムの上からは我喜屋の集落がよく見えます。というか、海が見えるダムって珍しいですよね。

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2019年3月18日 (月)

伊平屋島4 虎頭岩 米崎海岸 屋蔵墓

2018年11月24-26日
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 伊平屋島の玄関である前泊港の背後にある、目立つ岩山を虎頭岩(とらずいわ)と言います。フェリーで島に接近するときも非常に目立っています。虎が寝そべっている姿に似ているからとのことですが、どうやったらそのように見えるのか私にはわかりませんでした。
 今回は行きませんでしたが、岩山の上に上る遊歩道もあるようです。
Pb240080 伊平屋島の南に隣接して野甫島という小さな島があります。伊平屋島とは橋でつながっています。野甫島の南端近くにある展望台から、伊是名島方向を望むことができます。展望台に上る階段は踏板が腐って抜けていたりしますので、上る時は十分注意して下さい。展望台下の広場に設置された遊具も、横倒しのまま放置されています。念頭平松の周囲の施設にも台風の被害が残っていました。離島では修復工事もなかなか思うようにならないのでしょう。
Pb240089_2 伊平屋島の南端の東側には米崎海岸があります。白い砂の広々としたビーチで、キャンプ場も併設されています。この広くて美しいビーチに誰もいないというところが実に贅沢ですね。
Pb250069 背後には野甫島に渡る橋が見えています。
 診療所がある我喜屋の集落のすぐ南。岬の崖下に屋蔵墓があります。お墓のところには第一尚氏と書かれています。琉球王朝第一尚氏始祖の、先祖にあたるとのことです。
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 車道から墓へと下っていく入り口のところには、その謂れを解説する看板が出ているのですが、その説明文を読んでも、なんだかちっとも意味がわかりません。

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2019年3月13日 (水)

伊平屋島3  灯台 ヤヘー岩 クマヤ洞窟

2018年11月24-26日
 携帯電話の圏外にならないように気を付けながら伊平屋島内を巡ります。
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 まずは島の北端へ向かいます。沖縄県の有人離島最北端の伊平屋島の最北端は、つまり普通に行ける沖縄県の最北端ということになります。
 日本の灯台はなかなか中に入ることができないのですが、ここ伊平屋灯台も残念ながら立ち入ることは出来ません。
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 この島にハブがいるのは わかっているので、草地に近づくときはついつい足元に注目してしまいますね。
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 北端から少し西海岸を南下したところにあるのがヤヘー岩と呼ばれる凸型の印象的な形の岩。かつては城(グスク)として利用されていたそうな。
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 島の北部にはクマヤ洞窟という崖の窪があります。天照大神が隠れた穴という伝説がありますが、その一方で地理学的な立場からこの地形の成り立ちを解説する看板も立っていたりします。ファンタジーを盛り上げたいのか、砕きたいのか…。
 
 
 

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2019年3月 8日 (金)

伊平屋島2 前泊湊と診療所

2018年11月24-26日
Pb240051  ほぼ定刻通り、伊平屋島の前泊港に到着しました。ほどほどに揺れましたが、プチ酔い程度で無事にたどり着くことができました。
 港には立派なターミナルがあります。フェリーいへやの船体を改めて見ると、マラソン走者のイラストがついています。伊平屋島では10月にムーンライトマラソンが開催されるそうで、それにちなんだものです。ムーンライトマラソンとは、夕方から夜にかけて行われるものです。
Pb240053 マラソン大会にあわせてフェリーが臨時増便となるほか、島内の宿泊施設のキャパを超えるため、前泊公民館などを臨時宿泊所として利用するようです。小さな島にとっては一大イベントです。
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 港から沖縄県立北部病院付属伊平屋診療所に直行。港から車で数分です。ちゃちゃっと申し送りを受けます。島の常勤ドクターは折り返し13時発のフェリーで島を離れるので、都合船が港に停泊している40分間だけが、コンタクトのチャンスということになります。
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 申し送りの後診療所内の確認などを少しして、それからお昼を食べようととりあえず港に戻りました。ところが、ターミナル内やその周辺の食堂は、すでに閉店済み。(最終便が出航して、このあとお客が期待できないからですね。)あちゃー。
 

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2019年3月 3日 (日)

伊平屋島1 運天港とフェリーいへや

2018年11月24日
Pb240014  名護市内からタクシーで30分ほど。今帰仁村の運天港にやってきました。運天港は沖縄本島の本部半島と屋我地島との間の細い海峡に位置しており天然の避泊地であり、沖縄県北部の重要港湾です。
 この港から出る定期船は伊是名島に向かうフェリーいぜな尚円と、伊平屋島に向かうフェリーいへやの2航路のみ。いずれも村営で、島を起点に1日2往復しています。
Pb240007  岸壁にいってみるとちょうどフェリーいぜな尚円が入港してきました。八重山の離島航路と違って、車両運搬も可能な立派なフェリーです。
 尚円は、琉球国王第二尚氏の始祖であり、伊是名島が尚円王の生誕の地と言われているそうです。フェリーの船体横には右手を高く掲げた尚円王の姿が大きく表示されています。
Pb240010  20分ほどで今度はフェリーいへやが沖合に姿を見せました。こちらも立派なフェリーです。伊是名島が1400人、伊平屋島が1200人という人口規模ですので、それから見ると輸送力は明らかに過剰に見えますが、島と本島を結ぶ唯一の交通機関であり、イベント時の観光客輸送、物資搬送、悪天候時の就航率向上などの意図があるものと推測します。
Pb240027 1階甲板の前方が椅子席、後方が桟敷席。2階前方が椅子席で後方はオープンとなっています。当然ガラガラですが、地元の方はあらかた桟敷席でくつろいでいました。私は揺れることを覚悟の上で2階の前方へ。
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 定刻の11時ちょうどに岸壁を離れます。前方に見えるのは屋我地島と古宇利島を結ぶ古宇利大橋ですが、橋の下をくぐるわけではなく、左側に回り込んで外海へと出ていきます。
  この日の海は結構荒れていたようで、前方の甲板が波で洗われることもしばしばありました。とはいえ船が大きいので、まあ八重山の高速船よりはずいぶんましで、船酔いすることなく80分の船旅を終えることができました。

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2019年2月26日 (火)

名護で久々の山羊料理

2018年11月23-24日
Pb230001 伊平屋島への移動のため、名護市内に1泊です。天気もよく半袖でちょうど良い気候でした。ホテルにチェックインしたあと、日課のウォーキング。21世紀の森公園前のビーチから海岸沿いに世冨慶まで。そのあと市街地へ。祝日の夕方ですが、シャッター商店街になってしまっているようで、ひっそりとしていました。
Dsc_0326 名護では山羊料理を提供するお店が何軒かあります。その中のひとつ、「ひんぷん山羊料理店」に行ってみました。
Dsc_03201  壁にはってあるメニューはご覧の通りシンプル。山羊そば、山羊汁、そして山羊さしみ!。新鮮という文字に、一瞬意味合いを考えてしまいます。汁はちょうど煮込み中とのことで30分ほどかかるとのことでしたので、スク豆腐やシュウマイなどをつまみに、泡盛を飲みながら待つことに。
Dsc_0321 スク豆腐とは、豆腐の上にスク(あいごの稚魚)の塩辛(カラス)が乗ったものだそうです。スクガラスの塩味が島豆腐に染みて、素朴な味わいです。
Dsc_0324  まだ山羊汁が煮えないので、店の方のおすすめに従い山羊さしみに挑戦。緑の葉っぱはフーチバー(琉球よもぎ)で、山羊料理には臭み消しとして必ず添えられるものです。生姜醤油でいただきます。
 一口食べれば、口の中に広がるヤギ肉独特の香り。(臭みととらえる人もいますが。)
Dsc_0325  ようやく山羊汁も出来上がりました。こちらもフーチバーが散らされています。久々の山羊料理を堪能しました。
Dsc_0328effects  ラストの1枚は、ご存知名護市役所。こうしてモノクロに加工すると、ますます東南アジアの遺跡感が強まります。

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2019年2月21日 (木)

与那国島 ヌックイタ、北牧場

2018年11月28日(土)から29日(日)撮影
Pa270003 与那国島も5回目の訪問です。今回は週末を中心に2泊3日の代診。週末なので、携帯電話が入る範囲内で、常時待機となります。
 さすがに海中以外ほとんどの場所行きつくした感がありますが、ヌックイタは行きそびれていました。祖納集落を見下ろす、ティンダハナの崖の上側にある展望所がヌックイタと呼ばれるようです。
Pa270005 つながる道路にはテキサスグレーチング(動物を隔離するための深い横溝)があり、この先が牧場として扱われていることがわかります。
 ヌックイタの展望台が遠望されましたが、草の丈が高く踏み跡もはっきりしません。そしてたくさんの牛が集まっています。深い草を踏み分けて行くのは心配です。(与那国島にはハブは生息していないそうですが。)
 草の枯れた真冬でないとなかなか近づけないようで、今回も到達できぬまま宿題になりました。
Pa270009 ティンダハナタからは、崖上に上がる道は無いようです。
 冬と違ってお日様には恵まれたのですが、遥か南海上に居座る台風のおかげで強風が吹きつけていました。飛行機も条件付き運航で、場合により石垣島に着陸するかもとのことでしたが、揺れながらなんとか与那国空港に着陸できたのでした。
Pa270015 もう一か所未訪問だったのは北牧場。与那国空港の北側にある牧草地です。行ってはみたものの、特に見るものはありませんでした。
 土日の急患呼び出しも1回のみで、今回は非常に平穏な代診でした。
 

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2019年2月16日 (土)

江島(えのしま)宮城県女川町 2

2018年10月20日
Pa200149  高台から港方向を望みます。
 女川湾の沖合のこの島の周囲は良好な漁場となっており、それゆえこの不便な離島に住み続ける理由があるわけです。
 なお、島の気候は夏は冷涼、(この地域としては)冬は温暖で、過ごしやすいのだそうです。それも人々が島を離れない理由の一つになっています。
Pa200152 女川町の各入江には、震災後に「女川いのち石碑」が建てられました。これは2011年3月11日の大津波の最大到達地点に建てられています。地震が発生したときには、必ずこの石碑よりも高い場所まで避難すること。そのメッセージを1000年先まで残すために建てられました。
Pa200154  もともとは接岸困難であったこの島。以前は船は沖合に停泊させて筏で物資を運び込んでいたそうです。
 今はご覧のような立派な港が作られました。本土からの定期船は1日3便。もう一つの離島である出島へは、本土からの架橋建設が進んでおり、いずれ陸続きとなります。江島だけが離島として取り残されるため、島では定期便の不採算化による便数削減を懸念する声が上がっていました。

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