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2006年12月25日 (月)

タンザニアの旅17 サファリの終わり

10月4日(水)

 ンゴロンゴロの朝はひんやりと気持ちいい。レストランでは、今日も朝食にスパニッシュオムレツを作ってもらう。タンザニアの卵は黄身が白っぽい。鶏の栄養状態の関係なのだろうか。出来たオムレツも白くて変な感じだ。牛乳は日本のもののように脂肪分は多くないから、コクはあまり無い。牛肉も硬くて噛むのに力がいる。もちろん外国人観光客向けの施設だから地元民一般の食事から見たら、考えられないぐらい豪華なのだが、それでも日本の普通の食生活がいかに恵まれているかよくわかる。オムレツを作っていたコックが、別の黒人に怒られている。作り方が悪いとケチをつけられているようだ。
 今日の出発は午前9時とゆっくりしている。朝のクレーターの風景を眺める。この素晴らしい景色も見納めだ。チェックアウトを済ませ玄関に出ると、Thadeusが話しかけてくる。「一人アルーシャまで行く人がいるから乗せてもいいか。」 妻によれば公共交通機関の乏しいアフリカだからこういう相乗りは日常茶飯事の事らしい。同乗者は見覚えがある。さっきコックを叱りつけていた黒人だ。彼はこのロッジのシェフだとの事。今日はアルーシャの病院に行くのだという。彼はケニアのナイロビ出身で、月に1週間は休暇がもらえナイロビに帰る事ができる。また月に1週間は家族がナイロビからンゴロンゴロに来て滞在していくとの事。とても恵まれている職場だ。

Buffalo2  出発して程なく、右手の草むらからニュっと黒い大きな顔が…。バッファローだ。至近距離でこちらを眺めている。顔に花びらのようなものをくっつけている。しばらくするとまた草むらの中に隠れて消えた。まるでわれわれにさよならを言いに出てきたかのようだ。バッファローに始まり、バッファローに終わったサファリだった。

Baobab  行きと同じ行程。外輪山を下りゲートを越えて、舗装道路に入るとほっとする。Karatuの先でまたみやげ物屋に立ち寄るが、やっはり何も買わずに終わる。大地溝帯の坂道の途中に立派なバオバブの木があり、記念撮影をする。通りがかりの自転車少年たちを捕まえて、一緒に写ってもらった。

 アルーシャの西はずれにある大型みやげ物店 African Heritage で休憩。シェフはここで下車していく。このみやげ物屋はさらに増築中で儲かっているようだ。ここの経営者もインド系の様子。アフリカ人は人に使われてばかり。残念ながらここでも買うものが無い。南アフリカだと可愛い動物のぬいぐるみやTシャツなどがあって手ごろな値段で買うことができるが、タンザニアでは木彫りや、ティンガティンガ風の絵や、アクセサリーなどが主体で、嵩張るから持ち歩くことを考えると躊躇してしまう。

 ずっと洋食ばかりだったので、ローカルフードを食べたいとリクエストしていた。タンザニアの主食はウガリと言ってとうもろこしの粉を煮て餅状にしたものだ。マラウイでは同じものをシマと呼ぶ。妻は市内の地元民向けの安食堂を期待していたが、なかなかそうも行かないらしく、立ち寄ったのは比較的高級な観光客向けのレストランだった。ここでメニューにはないウガリを出してもらう。おかずは私が(硬い)牛肉、妻が魚。おいしいが量が多くて半分ぐらい残してしまった。

Arusha  アルーシャの街中ではジャカランタの花が美しく咲いている。日本の桜のように、限られた季節にしか楽しめないのだと言う。市内にある Multichoice Safari の事務所に案内され、所長に面会する。従業員の評価を兼ねているようだ。左手にメルー山を見ながらキリマンジャロ国際空港へ。ここでThadeusとはお別れだ。

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