タンザニアの旅19 スノボキャリア付きエスクードで南の島を走る
10月4日(水)
ここからの旅はレンタカーを使う。海外でのレンタカーの運転は、マラウイ、サムイ島(タイ)に続いて3回目である。いずれの国も左側通行、右ハンドルで日本と同じだ。タンザニアはジュネーブ条約に加盟していないため、国外免許証が使える国のリストには入っていないが、実際には何の問題も無いようだ。
Mzee氏に案内されて駐車場に行くと、停まっていたのは初代スズキエスクードノマドである。私は平成元年から8年間
エスクード(3ドア MT)に乗っていたので、とても懐かしい。MT車だろうと聞いていたのだが、残念な事にAT車だった。車体後部には「岸和田スズキ販売」のステッ
カー、屋根にはスノーボードキャリア付きと、日本で使われていた時のままの姿だ。こんな南の島でスノボキャリアとは…無用の長物。
日本のレンタカーは満タン貸し満タン返しが基本だが、ここでは
空っぽ貸しの空っぽ返しが基本である。マラウイでもタイでも同じだった。保有している車のタンクを常に満タンにしておくのは経費の無駄だし、車やガソリンを盗難される可能性も
ある。カラで貸せば客が多めにガソリンを残す事も期待できるだろう。
というわけでまずはMzee氏の先導でガソリンスタンドへ。ガソリンの値段は1L=1300シリング =1ドルぐらいである。ガソリンの質が悪いらしいので、燃費を10km/Lと推測してとりあえず30L給油する。
わかりやすい場所までMzee氏が先導してくれるとの事でついていく。ザンジバル市の東側を南北に結ぶ道路を走っているようだ。信号機のついた交差点というものは無く、大きな道の交差は基本的にラウンドアバウト(日本ではロータリーと呼ぶ)になっている。すなわち道路の交差する部分はリング状になっており、車はすべて左回りにこのリングに入ってくる。リングの入り口では右から来る車が優先である。左折は90°、直進は180°、右折は270°このリングを回ってから、左へ出ればよい。
町外れのはずだが車も人も自転車も多く、ダラダラ(乗り合いミニバス)が道の脇に停まっていたりで、走りにくくて、くたびれる。マラウイでさんざん慣れたつもりだったが…。Mzee氏についていくのも結構大変だ。島の北部へ向かう道路との交差点の少し手前でMzee氏とはお別れ。ここからは簡単なロードマップが頼りだ。
目的地の ヌングイ Nungwi は島の北端。空港からは70kmぐらい離れている。北へ向かう道を進むと間もなくブブブという変な名前の町を通る。この町は以前鉄道が通っており、蒸気機関車の煙を吐く様子からBUBUBUという地名がついたのだと言う。この町にはハンプが作られているのでみんな車は徐行。隣国マラウイではこのぐらいの規模の町にはたいてい ptc と言う小さなスーパーマーケットがあって便利だったが、タンザニアでは見かけない。
この先Mahondaというところで右折なのだが、頼りは村の名前が書かれた小さな看板だけ。日が暮れて来たので運転はいっそうの困難を極める。もちろん街灯など無いし、路面はところどころ傷んでいるし、相変わらず人は多い上、夜の黒人は闇にまぎれて見えにくい! ようやくMahondaの看板を見つけたが、後ろからはダラダラが猛烈な勢いで追いついてきた。道を譲ろうかどうか悩んでいるとき、右折する予定の交差点が来たため、少し慌てて普通のT字路のように曲がってしまった。その時何故か道の真ん中、車の左側に縁石で囲まれた小さな部分が…ひょっとしてこれは!?
運悪く、曲がった先はすぐ検問所になっており、警察官に車を停止させられる。ラウンドアバウトを逆送してしまったのだ。英語とスワヒリ語を取り混ぜていろいろ謝ったり、言い訳したりして、何とかお咎めなしで済ませることができた。(ザンジバルでは幹線道路の所々に検問所がある。特に何もしていないことも多いが、行き先を尋ねられたり、免許証を確認されたりする場合もある。)
この先もう一箇所右折するところがあるが、よくわからないので怪しい交差点を見つけるたびに地元の人に聞いて道を確認する。だんだん家も少なくなる。もう真っ暗だが集落は多くの人出があり賑わっている。やがて道は未舗装になった。一旦停止してエスクードの副変速機を4WD・Hに入れる。さらにしばらく走るとヌングイの集落の入り口に到達。Y字路になっている。宿泊する Amaan Bunglows はどこだ??看板は見当たらないのでまたまた地元民に尋ねる。(たくさんの人が歩いているので助かる。)斜め左へ進む道を指差して Moja kwa moja. 真っ直ぐ と教えてくれる。Asante.ありがとう。その道は村の家の間を進む生活道路。砂地の上に凹凸が激しい。副変速機を4WD・L(ギア比が1.8倍の低速レンジ)に入れてゆっくり進もうと思うが硬くてシフトが入らない。仕方ないのでそのまま4WD・Hで進む。全く案内が見当たらないのでまた地元民に尋ねると、真っ直ぐだと言うので、とにかくどんどん集落の中に進んでいく。ようやくいくつかのバンガローがあらわれ、更に真っ直ぐ進むと突き当たりに Amaan Bungalows の門が見えてきた。
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コメント
タンザニアのノマド、偶然の血筋との再会だったのですね。
さて、ゴールドウイン共々、ギャラリーに掲載させていただきました。
http://tsukubird.org/Gallery/indx-d.html
それと、エスクードのブログ記事の内容をダイジェストさせていただき、下記にもまとめさせていただきました。
http://tsukubird.org/escfirst/ed-menu.html
ギャラリーのためにいただいたもので一点、まだ未使用のカットがあります。それは次の機会に載せていきたいと思っております。
ありがとうございました。
投稿: 嵐田雷蔵 | 2007年6月27日 (水) 02時52分
嵐田雷蔵さん
きれいにまとめていただきありがとうございます。他のサイトで紹介されると何だか気恥ずかしいものです^^;
つくばーど のホームページをマイリンクに追加させていただきました。
投稿: きのじゅん | 2007年6月27日 (水) 10時10分