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2007年8月24日 (金)

古い鉄道写真アルバム01 1977年国鉄清水港線

 新シリーズは、とっても古いシリーズです。昔撮影した写真をアルバムから引っ張りだしてみようというもの。とはいえ、かつての鉄道少年の撮った写真は随分偏った被写体ばかり…。鑑賞に耐えないような写真も多々ありますが、昔の記録ということでご容赦ください。連載回数は現時点では未定です。

1977年(昭和52年)7月31日撮影

 この頃は中学一年生。コンパクトカメラで撮影しています。

 国鉄清水港線は、静岡県の東海道線清水駅から、清水港に沿って三保半島の三保駅までの8.3kmを走っていました。基本的には貨物線でしたが、1日僅か1往復だけ、沿線の高校生の通学の足として客車と貨車の混合編成で旅客輸送をしていました。1984年(昭和59年)3月31日に廃止されています。

19770731__ 巴川にかかる橋は水面からの高さが低く、船舶の航行に支障するため、橋の一部は列車の通る時以外は上方に移動して、クリアランスを稼ぐ可動橋となっていました。写真に写っている高校生の後ろに可動部分が見えます。

19770731___2  橋を渡ったところにあった巴川口駅です。線路の遥か向こうに可動橋が見えます。駅名の由来は巴川の河口にあるからだと思いますが、何故か読み方は「ともえがわ くち」では無く、「ともえ かわぐち」でした。

19770731___3  終点の一つ手前の折戸駅で殆どの乗客が降りてしまいます。駅の裏側は大きな造船工場だったと記憶しています。

19770731___5  終点の三保駅に到着。一番後ろの客車はホームからはずれてしまっています。朝列車が着いた後は、夕方の上り列車まで客車の出番はありません。1日1本しか無い路線でしたが、三保駅には駅員もいて、切符も売られていました。名所の羽衣の松や、水族館などからはかなり離れた中途半端な立地でした。駅前は幹線国道になっており、清水市(現静岡市清水区)中心部と結ぶ路線バスは10分間隔で走っており、旅客鉄道としての存在意義は本当に通学輸送だけでした。

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