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2007年10月 5日 (金)

古い鉄道写真アルバム07 1978年筑豊本線の50系客車

1978年(昭和53年)7月24日撮影
19780724__usa  九州旅行の写真が以外に多くない事に気がつきました。疲れて寝ている事が多かったのだろうか…。風景写真も無いでは無いのですが、この頃のコンパクトカメラでは走行中の車内からの撮影に適したシャッタースピードが得られなかったらしく、軒並み失敗作です。

 大阪から急行「くにさき」の座席で一夜を過ごし、夜明けとともに九州へ上陸と思ったら、そこはなんとUSAだったというオチ。そのネタのためだけに撮った写真です。

1978年(昭和53年)7月26日撮影

19780726__2050  九州の北のはずれの門司港駅は、当時は3本の九州内夜行列車の発着駅でした。熊本・鹿児島方面に行く急行「かいもん」、大分・宮崎方面に行く急行「日南」、早岐(佐世保市)経由で長崎へ行く各駅停車の「ながさき」がありました。20系寝台車を連結した夜行急行の編成と、ローカル列車用の50系客車が並んで留置されています。タイトルはブルートレインとレッドトレイン。


1978年(昭和53年)7月27日撮影

19780727__50 19780727__50_2  炭田の閉山とともに衰退していた筑豊地区。飯塚駅から見える大きなボタ山はそんな筑豊の象徴的な光景でした。この頃はまだ客車列車が多く走っていました。朝夕の多数の通勤通学客をさばくためには長い編成が必要でしたが、日中の利用者は極端に少なくなるため車両が余剰になります。動力や運転台を持たない客車は車両単価が安いため、昼間遊ばせて朝夕だけ使うのには好都合でした。とはいえ古い客車はドアが手動のため転落事故の危険がありました。このころ自動扉を備えた新型の50系客車が開発され、九州や四国、北海道に投入され、レッドトレインの愛称で鉄道ファンからは親しまれました。

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