カンボジアの旅25 タプローム(1) 神秘の廃墟
2007年9月24日(月)
バスで来た道を戻る事1時間弱。11時過ぎにアンコールトムの東側に位置するタプロームに到着した。この遺跡もバイヨンと同じジャヤバルマン7世が建てた仏教寺院である。
1枚目。入り口に四面仏塔が建っている点もアンコールトムと類似している。タプロームはアンコールワット、バイヨンに次いで人気がある遺跡だろう。密林に埋もれていたアンコール遺跡は再発見された後、生え放題になっていた木々を伐採したり、崩れた石組みを修復したりされてきたが、タプロームに関しては榕樹(ガジュマル)が石造建築にからみついた状態のままとされてきた。その自然の驚異を示す異様な光景は、パソコンゲームのトゥームレイダーの最初のステージ設定に使われたり、同ゲームが映画化されたときもここでロケが行われたりしてきた。私もタプローム探訪を楽しみにしていた。
2枚目。四面仏塔から入ると木々に囲まれた参道が東へ伸びている。日本の神社のような雰囲気もある。参道の脇では地雷被害者の方たちが楽器を演奏している。やがて寺院の入り口が見えてくるが、参道の石畳も樹木の根によって持ち上げられて崩れてしまったので、その上に木道が敷設されていた。
3枚目。西塔門が近づいてきた。周壁はことごとく崩壊し、門も屋根の部分が今にも崩れそうに見える。
4枚目。西塔門を過ぎるとテラスがある。正面の西門は修復工事中でビニールシートがかけられている。参道の脇には修復用と思われる新しい石材が並べられている。食い込んだ榕樹を残しながら建物を修復するのはかなり困難な作業に違い無い。
5枚目。 テラスを通る参道の両脇には欄干がわずかに痕跡をとどめている。欄干の手前左側のナーガの装飾がかろうじて残っていた。仏教寺院であるが、他のアンコール遺跡と同様ヒンドゥー教の影響は色濃い。まあ、ヒンドゥー教の立場から見ると仏教もヒンドゥー教の一派であるとの主張さえあるぐらいだ。
6枚目。内部に入るとますます崩壊がひどい。周壁の内側はごらんのように崩れた石が雑然と積み上げられているような状況である。まさに廃墟といった趣である。
7枚目。塔に食い込む榕樹。木の根が石組みの間に割って入り、石造建築を破壊していく。自然の驚異をまざまざと見せつけられる。
8枚目。破風の部分には仏像が彫られていたはずだが、ことごとく削り取られているのは、バイヨンやバンテアイクデイと同様だ。仏教王ジャヤバルマン7世が没した後のヒンドゥー教王が仏像破壊を命じたためである。タプロームの廃仏も、瓦礫の下のそのまた下の地中のどこかに埋められているのかもしれない。
9枚目。回廊の南西側に生えた榕樹は、回廊の上にのしかかるように成長している。ガイドブックや写真集でもおなじみの木である。
10枚目。回廊の壁にはデヴァターが彫られている。微妙なポーズの違いや、かぶりもののデザインが面白い。近くで観察したいところだが、崩壊した石が邪魔をして近づくことができない。
11枚目。円筒形の塔にもたれかかるように成長する榕樹。その後方にも同じような塔が建っているが、そちらは足場が組まれて修復作業が行われているようだ。
12枚目。中央祠堂には仏像が置かれ、蓮の花が供えられ、線香もあげられている。タプロームを根城にして遊ぶ子供たちも集まっている。
13枚目。回廊内の一番東側の奥にやってきた。崩落した石組みに沿って蛇のように根を伸ばす榕樹。
14枚目。遺跡の中で遊ぶ子供たち。下にはたくさんの石が落ちているが、子供たちは裸足で歩き回っている。右後方にはデヴァターが、左後方には仏像を削り取られた跡の残る崩落した梁が見える。
15枚目。入ってきたのと反対側の東門の付近にある榕樹。この木もなかなか巨大だ。
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