古い鉄道写真アルバム29 1981年四国のディーゼル急行
1981年(昭和56年)3月23日撮影
四国への旅行の途中に撮影した、117系新快速@京都駅と、キハ81系特急「やくも」@岡山駅です。
瀬戸大橋が開通したのは1988年(昭和63年)4月10日なので、まだその7年前の事です。伯備線も電化されておらず、米子、出雲市方面の特急「やくも」もキハ81で運転されていました。
四国に行くためには岡山から宇野線の快速で終点の宇野駅まで行き、宇高連絡船に乗り換えます。およそ1時間の船旅で、四国の玄関口 高松駅に到着します。
高松からは短距離ながら夜行列車も運転されていました。宇和島行きの急行伊予と中村行きの各駅停車です。この2本の列車を寝床にして、5泊6日で四国島内の全ての国鉄線に乗車しました。
今回は、四国島内で活躍していたディーゼル急行の写真を紹介します。
急行シリーズの1枚目から3枚目までは、1981年(昭和56年)3月23日の撮影です。
1枚目は、土佐山田駅で撮影した急行「あしずり」。高松から土讃本線・中村線を経由して中村まで走っていました。
2枚目は大歩危駅で撮影した、急行「土佐」。「あしずり」を補完する形で、高松と高知を結んでいました。上りの旧型客車列車の車内からの撮影です。
3枚目は阿波池田駅で撮影した急行「よしの川」です。その名の通り吉野川の流れに沿って走る徳島本線の急行で、阿波池田と徳島を結び、一部は小松島線の小松島港駅まで乗り入れていました。小松島港と、和歌山港の間には南海フェリーが運行されていて、徳島の海の玄関口としての役割を果していました。
車両の面ではキハ58が主体。エンジン出力の大きなキハ65が一部の列車で途中にはさまっているぐらいで、あまり代わり映えがありませんが、各急行とも前頭部に誇らしげに愛称マークをつけているのが四国急行の特徴です。
4枚目は3月26日の撮影。予讃本線五郎駅の西側、肱川支流の矢落川の橋梁上で撮影した、急行「うわじま」です。1986年に伊予市-伊予大洲間で内子経由の新線が開通した結果、現在この橋を含む区間はローカル列車のみの運転となっています。
5枚目は3月27日に徳島駅で撮影した急行「むろと」です。むろとは高松から高徳線で徳島を経て、牟岐線牟岐まで直通していた急行です。
最後の6枚目は同じく徳島駅で撮影した、急行「阿波」です。高松-徳島間を結び、多くの本数が運転されていましたが、編成は短く2両程度。写真に移っている3両編成の中間の2両目には、かつて半室グリーン車だった珍しい車両が組み込まれていました。当時はすでに普通車として利用されていましたが、旧グリーン車部分だけは座席もリクライニングシートのままで、同じ料金でリッチな気分が味わえました。
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