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2009年9月18日 (金)

国立湊病院の記憶7 名古屋詣で

 国立病院は地方医務局単位で管理されていました。国立湊病院は北陸東海地方医務局の管轄になり、病院長は地方医務局長が兼務しており、数カ月に一回程度視察に来られていたと記憶しています。

 北陸東海地方医務局は名古屋に設置されていたため、事務職員も医療職も何かと名古屋への出張が多くありました。幹部職員の辞令交付も名古屋で行われていました。

 小田副院長が出張で名古屋に行ってしまうと、その間は卒後6年目の私が内科の責任者という事になります(^-^;ヒヤヒヤ。 私も年に何度か国立名古屋病院での会議に行くことがありました。もちろん国家公務員ですから会議も平日日中です。南伊豆から名古屋までは、車と電車を乗り継いで、行き帰り5時間ずつかかるので、例えば午後1時から2時の間のわずか1時間の会議に出席するために、朝早く病棟回診を済ませて、午前8時に出発し、会議終了後直ちに寄り道せずに帰ってきても午後7時です。もし東京管轄であったならば、片道3時間で行けますからまだ多少ましだったのですが。

 会議の内容はすっかり忘れてしまいましたが、ディスカッションをした記憶は殆ど無く、配布された紙を読めばわかるような事務連絡だけだったりする事もあったと思います。まあ、南伊豆の病院と北陸の病院の医師が、あるいは都市部の大病院と僻地病院の医師が、同じ「国立」だからと言う理由だけで集まっても、別に協力連携ができるわけでもなく、実質的に役に立つ事は無かったと思います。

 医者が100人以上いる大病院も、国立湊病院のように常勤医師8名なんてところも、「平等」に人を出さないといけないのには閉口しました。一人の医師が平日にまる1日診療をストップするので収益も下がり、出張費もかかります。各部署でそういう事が行われていましたから、それだけでも相当に経費の無駄であると感じていました。

 そんな経費も国立病院の大赤字の一部に含まれていたわけですね。

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