湊病院問題 減価償却費全額負担は妥当なのか
昨年の指定管理者公募に現指定管理者の地域医療振興協会が応募しなかった理由の一つが、減価償却全額負担という条件に応じられないという事でした。改革推進委員会の答申に沿って設けられたこの条件は、指定管理者辞退という非常事態にもかかわらず今のところ見直そうという動きはありません。3月の下田市議会で沢登議員がこの件について「厳しすぎたのではないか」と質問した事は、過去記事で触れました。
一部事務組合が参考にしたとされる福島県の町立三春病院は、全額県からの補助で新病院を建設したにもかかわらず、建設費の一部を指定管理者に負わせる公募条件が、多くの医療法人に敬遠された事、星総合病院が本院との連携などで効率的な運営に尽力しているにもかかわらず、採算をとるのがなかなか大変そうであることなども過去記事で紹介しました。
国や県から多くの補助金をもらって公立病院の建設をしているのに、施設修繕や建て替えに備える目的として、建設総額に対しての減価償却負担を指定管理者が行うべきであるという改革推進委員会の答申は妥当な物なのでしょうか。
伊関友伸著「地域医療 再生への処方箋」の291ページで、著者はこのように記しています。
---------- 引用開始 ----------
しかし、自治体病院において、建物や医療機器へ投資を行う場合、地方交付税の裏付けのある企業債の起債が認められており、多額の現預金を持つ必要はない。企業債の元本や利息の返済は、一般会計からの繰り出しの基準が定められ、交付税の基準財産需要額に算入されている。すなわち、公立病院の施設整備は診療収入ではなくて、『一般財源』(地方交付税か税)で償還されるということが前提とされていると考えられる。施設整備の元利償還は、もともと一般会計の負担であるから、病院が施設への再投資の観点から減価償却を行う必要は少ない。
(中略)
さらにいうならば、これは、そもそも自治体病院の設置コストは誰が負担するかという問題である。病院の建設コストを将来建て替えるときの資金(内部留保資金)を現世代が貯めておくべきなのか、建て替え後の受益者(将来世代)が借入金の返済という形で賄うのか。病院の建物は、現在、病院を利用している人たちの利益であり、今の世代が、現在利用している建物の借金を返済することは当然としても、さらに、将来の世代のために減価償却分の現金を積み立てる必要性は薄いのではないか。少なくとも、医師や看護師不足の現状から、現在の収益は将来の病院建て替えのために積み立てるのではなく、不足している医師や看護師の待遇改善に使われるべきであろう。
---------- 引用終了 ----------
その時の病院の受益者が建設費を負担するという考え方でいけば、国や県から補助をもらった分は指定管理者は負担せず、もし減価償却の一部を負担するとしても実質的な借金分のみで良いという事だと思います。将来の建て替えにおいても、その時代の基準で再び補助が行われるわけですから、その時の状況で指定管理者の負担を協議すれば良いはずです。
◆ ◆
さて、平成20年10月6日、まさに湊病院改革推進委員会が行われているのと時を同じくして、根室市で、湊病院改革推進委員長を務めた長隆氏が講演をした記録がこちらにあります。この4ページにおいて、氏は以下のように述べていました。
---------- 引用開始 ----------
ただし、無制限に出すのではなくて、今まで、公立病院は全般的に、豪華病院を造る傾向があった。そういうようなことで、豪華病院に今後は起債を認めないということであります。具体的に申しますと国立病院機構の値段、1床1,500万円以下で造っていただきたい。ついでに申上げますと、年間医業収入の範囲内で建設してほしい。たとえば、根室市立病院が年間医業収入が30億であれば、医療器具も含めて、30億円以下で造っていただきたい。こういう考え方であります。
なかには、減価償却費というものは官民ともに、医業収入の範囲の中で全額負担すべきでないかと主張する委員もあり、もっともだという意見が多かったわけです。しかし、不採算医療とか、高度医療とかあれば、国も出しているはずですし、必要な分は市も繰り出しをすべきだということになる。
---------- 引用終了 ----------
引用の前半部分については、湊病院の改革推進委員会でも岩堀委員から同様な趣旨の発言がありました。(第1回議事録の13ページや、第3回議事録の24ページあたり)
後半部分の主張は、不採算医療とか高度医療には国が補助金を出しているのだから、減価償却費を医業収入で全額負担すべきでは無く、自治体が必要な分を一般会計から繰り出すべきと、根室においては話されたようです。
◆ ◆
最後に再び、伊関氏の著書の292ページから引用します。
---------- 引用開始 ----------
なお、最近、自治体病院の中で広がりつつある指定管理者制度では、病院の建物や医療機器については自治体が提供し、委託を受ける医療法人は、建物、医療機器の元本と利息の返済や減価償却を行わない例も増えている。直営を含め、自治体病院で医療を行っているすべての事業者が、建物・医療機器の元本と利息の返済や減価償却を行っているわけではないことは注意すべきである。*5
*5 なお、減価償却の額を減らすために、民間では国庫補助金や工事負担金を財源として取得した場合、取得に要した費用から財源相当を差し引いた金額を帳簿原価とする「圧縮記帳」という制度がある。地方公営企業法では、同様の制度として資産の取得のために交付された補助金、負担金等の金額を帳簿原価とする「みなし償却」の制度が設けられており、任意で適用することが可能となっている。
---------- 引用終了 ----------
結局、自治体病院減価償却の負担をどうするかについては、さまざまな意見があり、統一した基準はできていない。全額負担している契約もあるのかもしれませんが、全く負担しない契約も「増えている」という事のようです。こういうばらつきは、各病院の経営環境の違いも影響しているのでしょう。
指定管理者に対して自治体が赤字補填をしないというのなら、運営する指定管理者は十分な自己資金(利益準備金)を持っていないと、災害などの非常事態が生じたときに容易に経営破たんする事になります。それは公立病院の突然の休止を意味するわけです。十分な経営体力のある指定管理者を選定し、人並みの努力をすれば無理なく運営できる条件を設定しなければ、結局は利益重視の病院経営に走らざるを得ず、不採算部門を切り捨てたり、収益力の高い分野に注力した結果無駄な医療が増えたり、既存の医療機関の経営を圧迫するなどの事態が生じることになると思います。
それでは地元が必要とする公立病院の機能とは乖離してくる危険があります。また一般会計の繰り出しをけちった結果として、受診者(=地元住民)の自己負担が増えたり、国保などの医療保険の会計を圧迫する恐れがあります。目先の利益にとらわれずに、公立病院としてのどのような機能が必要か、どの程度不採算分野を頑張ってもらうのか、どうやって安定した経営を確保するかという観点からの議論が必要だったと思います。
◆ ◆
[4月8日追記]
先述した長隆氏の根室での講演から追加で引用します。講演記録の4ページから5ページにかけてです。
---------- 引用開始 ----------
それで今回、お金が無いから建築できないというようなことをいっていただかないために、政府はお金を用意したということあります。再編ネットワークに乗っていただければ、土地代も含めて、36.25%の交付税措置があります。ですから、たとえば1床1,500万円で造る。150床ですと20億あえれば十分なんですが、20億の4割、8億は政府が元利償還金を応援しますと。ですから6割でできる。12億ですね。それは医業収入の中で十分返せると。住民の皆さんの負担なくできるはずだというのが国の考え方であります。豪華病院は造らないでください、そういうふうなことで、交付税措置が新たに設けられたということであります。
現病院の取り壊し費用というのはかなりかかります、何億もかかります。あるいは、駐車場に消防署を使おうという時の取り壊し費用も、政府がこれをお出しします。こういうことであります。
---------- 引用終了 ----------
上記のように述べています。つまり同氏も「根室においては」、医業収入の中で返すべき金額は、建設費から補助金を除いた部分であると説明したものと考えられます。
更に引用を続けます。PDF6ページから。
---------- 引用開始 ----------
(前略)なおかつ、毎年5億円いただけるわけですから、金沢医科大学は大変にハッピーな話だろうというふうに考えております。
氷見市の方も、今まで10億近く、ここと同じく出しておりましたけれども、基準内だけを出せばいい。今まで、本当にここと同じように、命がけでお 医者さんの招聘に動いていたわけですけれども、それから開放されたということです。財政的にも良い。
---------- 引用終了 ----------
同氏が改革に関与した富山県の氷見市民病院の事例を紹介したものです。同院は金沢医科大学が指定管理者として運営しています。毎年5億円(普通交付税だけではなさそうな金額です…)が全額指定管理者の金沢医科大学に入ってハッピーであるという事と、氷見市も10億円近く一般会計から繰り出していたのが、基準内の5億円だけで済んだ上、医師の招聘からも開放されて良かった との事です。なお、同院の新病院建設費が1800万円/床になった事は過去記事で触れました。
◆ ◆
翻って共立湊病院の指定管理者の公募条件のPDF19ページを見ますと、減価償却費の全額を指定管理者が負担すると明記されている一方で、一部事務組合から指定管理者へは、
① 救急医療等の実施に伴う経費(救急関連交付金、補助金を指定管理者に交付する予定。詳細については、提案を受け、別途協議する。)
② 協議により、普通交付金を一定の比率により交付する予定。
との記載に留まっています。一定の比率とは0から100%までのいくつになるかわからないですし、実際、普通交付税の1/4ほどは土地代の返済に充てられる計画だった事も、最近公開された議事録で明らかになりました。
なお、PDF9ページには、「病院運営に必要な医療機器は、指定管理者が整備を行い、その費用は指定管理者の負担とする。」と書かれており、医療機器に関する減価償却も指定管理者が行う条件となっています。
どういう事なんでしょうね。
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