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2011年4月16日 (土)

女川町医療支援活動報告05 町立病院の外来診療の現状

 平成23年3月31日から4月7日当時の、女川町立病院の外来診療体制についてレポートします。

 外来部門は本来1階にありましたが、津波により浸水し、窓が割れたり医療機器が水没するなどして使えなくなってしまいました。そのため病院玄関の真上に位置する2階のセンターアトリウムと、病院建物2階のリハビリ室を利用して外来診療を行っていました。

Sany0987 センターアトリウムへの出入りは車椅子一台を担いでやっと通れる幅の階段のみです。扉を開けた所に机を並べて受付としています。出入りする全ての人はここでチェックを受け、紙の簡単な名札を衣類にホチキス止めしてもらいます。外来受診者は(外)、面会者は(メ)などの印を付加して識別していました。また入口は午後8時で施錠し、施錠中の出入りはインターホンで連絡してもらうようになっていました。(医薬品などの盗難防止の目的です。)スタッフも全員名札か腕章を付ける決まりになっていました。

Sany0896_2 待合スペースには椅子が置かれていますが、ピーク時には椅子の数が不足して、立っている方がいました。NHKなどから寄贈されたテレビが置かれ、最新のニュースや地震速報が見られるようになっていました。

Sany0899 待合場所の反対側は、簡単な仕切りで区切って3つの診療室が設けられていました。1診は外科処置用に寝台と医療材料が配置されていますが、2診はベッド無し、3診は寝台有りとなっています。外科系の患者さんは1診に誘導、小児は主として3診で診察していましたが、実際には総合診療として、外科系の医師も内科・小児科を診療し、内科の医師が処置をしたり、小児を診たりする事もしばしばありました。(常勤の医師には主に病棟管理をしていただき、支援部隊の医師が外来を担当していました。)

 診療スペースの背後が薬局になっています。もともと女川町立病院は院外処方だったのですが、津波で町の調剤薬局は全て壊滅してしまったため、震災後は院内処方で対応しています。病院所属の薬剤師だけでは手が足りないため、協会からの支援の他、宮城県薬剤師会などからの支援を受けてなんとか切り抜けている状況でした。医師も余裕のある時は調剤を手伝っていました。薬の在庫数にはかなりの偏りがあり、数万錠のものから、数錠の物まで様々です。(塩酸バンコマイシン5バイアルとか、使い道がありません…。)患者さんの希望する薬が無いこともしばしばあり、類似薬を出したり、やむを得ず中止せざるを得ない事もありました。最初のうちは在庫不足のため、数日分の処方しかできない状況だったそうですが、次第に在庫薬も充足してきたため、3月31日の時点では7日分処方、4月4日からは14日分処方が可能になりました。

Sany0912 病院建物2階のリハビリ室を点滴・処置室として利用していました。 寝台を並べてありますが、間仕切りの数が足りず、隣通し丸見えの所もあります。外来が混雑している時は、点滴ベッドの1-3箇所を臨時の診察室として利用し、最大で6診体制としていました。

 支援機材により、血液検査(血算と生化学のごく一部)、血液ガス、血糖試験紙法、単純レントゲン撮影、ポータブル超音波装置が利用可能となっていました。

 診療受付時間は午前8時から12時、午後1時から3時でしたが、午後は3時を過ぎてもパラパラと受診がありました。4月3日までは土日も普通に診療を行っていましたが、4月9日以降は土曜日は午前のみ、日曜日は急患のみとなりました。

 震災から3週間が経過しており、受診者は高血圧や糖尿病などの慢性疾患の管理が中心となっていました。急性疾患としては、風邪(特に夜間咳嗽)、嘔吐下痢の方が殆どでしたが、途中から花粉症が急激に増えました。また時に急性虫垂炎(疑)や肺炎、蜂窩織炎などの入院加療を要する疾患も見られました。外科では新規の受傷者は少なく、震災時の怪我が化膿して治癒が遅延している方が目立ちました。

[4月22日追記]

 外来診療の時に、受診者の居住環境等について確認し、配慮する事が必要でした。自宅に住んでいて、誰にも気兼ねなく咳をしたり、トイレに行ける方もいれば、自宅に住んでいてもトイレは他の家で借りているケースもあります。避難所でも小部屋で家族だけで避難している方、体育館など大きな空間を多人数で共有しているケースがあり、トイレについても避難所ごとに環境が異なります。

 普通の外来診療では経過観察で良いと思われる程度の症状であっても、より積極的な対症療法を行う事が望ましい場面もありました。例えば、自由にトイレを使えない状況では下痢は早期に止めてあげたいものです。逆に多少便秘でも下剤を飲むのは憚られる事もあり、とにかく相手の状況を良く聞き、きめ細やかな対応をするのが良いと思われました。

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コメント

女川支援、お疲れ様です。
同僚(介護&事務)が、今度、支援に行く予定ということで、女川情報を求めてただよっていたらたどり着きました。
私が住んでいる青森は被害も少なく、今は医療機関もほぼ通常どおりに動いていますが、今後は支援の方へと施設でも検討しているところです。記事の内容、同僚へ伝えさせていただいてもよろしいでしょうか?

投稿: はちハチ | 2011年4月17日 (日) 00時32分

はちハチさん、コメントありがとうございます。
 比較的被害が少なかったとはいっても、青森も交通機関が麻痺して大変でしたね。
 同僚の方々が支援参加との事、ご協力ありがとうございます。ブログの内容は公に発信しているものなので、どなたに伝えて頂いても構いません。ご活用ください。

投稿: きのじゅん | 2011年4月17日 (日) 08時00分

昨日、女川から帰ってきました。
先生の、「普通の外来診療では経過観察で良いと思われる程度の症状であっても、より積極的な対症療法を行う事が望ましい場面もありました」に、とっても賛成です。
でも、次の、「自由にトイレを使えない状況では下痢は早期に止めてあげたいものです。逆に多少便秘でも下剤を飲むのは憚られる事もあり」には、反対です。
便通をいかに確保できるかが、体全体の調子を整えるために大切と考えます。便秘を続けると、結果、便秘が解消された後に、虚血性大腸炎になることもあります~ 病院のトイレは快適なので、ぜひ、病院で浣腸してもらって、調子を整えて帰ってほしいと願っていました~(^^)

投稿: 中村英一の妻です | 2011年4月22日 (金) 20時36分

中村英一先生の奥様、お疲れさまでした、そして貴重なご意見を有り難うございます。御夫婦で遠く熊本天草から支援に参加して下さった事に大変感謝しております。そういえば英一先生も、多くの方に浣腸指示を出していたのを思い出しました。^_^
 排便という日常的な事が、被災地においては大きな問題になっていますね。私が今回の追記をしたのは、ローラー作戦の際に、ご自宅のトイレが使用できず隣の家のトイレを借りているという方が居て、便秘だけれど夜下剤を飲むと、夜中にトイレに行きたくなったときに困る。だから下剤はもらったけど飲まないと言っていたのを思い出したからです。安心して排便できる環境を整える事こそが、便通確保にとって最も重要な事なのかも知れませんね。

投稿: きのじゅん | 2011年4月22日 (金) 22時25分

そうですね~ 
安心して排便できる環境を整えることのほうが、薬出すより重要ですよね~
好き勝手なこと言って、失礼しました~(^^;)
だんなは、下痢しまくってたようですが、私は、1週間便秘気味で苦しかったです(笑)

投稿: 中村英一の妻です | 2011年4月22日 (金) 23時44分

 たった1週間居るだけでも、みんな結構お尻の調子が狂っていましたね。病院内は水洗トイレが使える恵まれた環境だったのですが…。和式が嫌で、わざわざ外の仮設トイレに行っていた人もいました。
 今後もご意見、ご感想、異論などありましたら、どうぞびしびしと宜しくお願いします。

投稿: きのじゅん | 2011年4月23日 (土) 20時26分

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