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2011年5月 5日 (木)

女川町医療支援活動報告15 女川町中心部の写真3

 4月3日日曜日。こんな状況で平日も土日も無いはずですが、やはり日曜日の外来は空いており余裕があります。昼の時間を利用して、気になっていたJR女川駅付近を見てきました。

 JR石巻線は女川が終点です。時刻表を見ると14時45分に女川に到着した列車がありました。地震はその1分後に起こっているので、ダイヤ通りなら列車は駅に停車していたはずです。

Sany0967 1枚目の写真はJR女川駅前にあったトイレとの事です。地図を見ると左手前が駅舎だったようですが、建物は何も残っていません。駅の階段が崩れた状態で残っていました。階段には過去のチリ津波が到達した高さが記されていたそうですが、今回の巨大津波はそんな印もろとも女川駅を完全に破壊してしまいました。

Sany0970 2枚目。ぐにゃぐにゃに折れ曲がった線路。女川駅の構内にあったものと思われます。津波で曲がったのでは無く、重機で撤去する時にこのような姿になったのかも知れません。その向こう側には列車の台車部分だけが残されています。

Sany0973 3枚目。背後にある建物は生涯教育センターです。地図と見比べて見ると、僅かに残る鉄骨はどうやらホームの上屋のようです。女川駅は島式1面2線の終端駅でした。重機の入っている所は駅の構内にあたる場所でしょう。こうして近くで見ても何処が駅だったのか殆どわからない状況です。

Sany0983 4枚目。駅から津波で流されたと思われる2両編成のキハ47です。1両は200m程山側に流されていました。線路のあった場所からはかなり離れています。何かにぶつかったのか、車体側面が大きく損傷しています。

Sany0979  5枚目。残りの一両はそこから更に100m程山側。小高い丘になっている墓地の上で横倒しになっていました。

 写真ではわかりませんが、瓦礫の撤去が本格化してきた上、数日間雨が降っていなかったため、粉塵がものすごくて、風が吹いたり、大型車両が通行したりすると、とても目を開けていられないような状況でした。呼吸器症状や、眼症状を訴える方が多いのも頷けます。

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