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2011年7月23日 (土)

女川町医療支援活動報告32 4回目の女川訪問

 7月22日から24日まで、宮城県女川町立病院に来ています。女川はこれで4回目の訪問です。
 Sany1331 22日夕方に到着。そのまま当直に入り、23日は午前中外来診療を行った所です。病院への出入り口になっている2階のセンターアトリウムへの階段は、これまで雨ざらしの状態でしたが、今回行ってみると屋根が取り付けられていました。院内では、一階部分の改修工事がぼちぼちと始まるようで、1階での診療開始は10月頃を目途にしているようです。それまでにはCTが復旧されるようで、既に古い機器の撤去は終わっていました。
 院内の診療体制は、4週間前とあまり変わっていませんでした。23日午前中は50名弱の受診がありました。

Sany1334_1 桟橋にも変化がありました。 転がっていた燃料タンクが撤去され、桟橋へ繋がる道路が嵩上げされ車両の出入りが容易になりました。そして、7月25日から、離島航路が暫定的に再開されます。月・水曜日は江島へ、火・木は出島へ、午前9時発の1便のみ。帰路は昼過ぎに島を出て、女川港に戻ってきます。島内滞在時間は3時間程度。運賃は無料との事。
Sany1336 両島とも全島避難中。これまでは自宅の様子を見に行ったり、片づけをしたりする事もできませんでしたが、これでようやく島に渡る事ができるようになります。
 魚市場の岸壁にも何隻か接岸していました。港に船がいる当たり前の光景が戻ってきた事は、大変嬉しい事です。

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コメント

女川町尾浦出身の50歳男です。震災以来、仕事の都合や交通の不便等で帰省できずにいました。来月末に子供を連れて故郷へ出向きます。実母の見舞い、親戚の仏前へのお参り、同級生との再会等本来3月にやろうと考えていた事が、半年遅れでの実現です。
亡父の実家が江島で、航路復興を懐かしく見させて戴きました。
これからも、日本高齢社会の縮図のような(しかも原発のおかげで潤っているという特殊事情)の町の住民のケアを何卒宜しくお願いいたします。札幌の隣町北広島市在住

投稿: 小松 修 | 2011年7月25日 (月) 18時16分

小松 修さん、コメントありがとうございます。
 尾浦というと、398号線を雄勝方面に行く途中なのですね。遠く離れた故郷の事、大変ご心配の事と思います。
 女川町内の道路事情もだいぶ改善してきました。道路の嵩上げが進み、舗装がやり直された区間も増えています。とはいえ、ダンプカーの通行も多く、最近では被災地見物の車も増えておりますので、現地入りの際はお気をつけください。

投稿: きのじゅん | 2011年7月26日 (火) 19時33分

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