カテゴリー「旅行・地域」の807件の記事

2018年7月19日 (木)

女川町2017年12月その1

2017年12月1日撮影
Pc010098_01  1年ぶりの女川町です。今回は仙石線と石巻線を乗り継いで到着しました。平日の昼下がりですが、駅前には意外に多くの人がぶらぶらしていて、嬉しい限りです。
Pc010104_01  駅そのものは無人ですが、温泉施設ゆぽっぽが併設されています。
 駅の反対側には商店街ができましたが、更にお店が増えて、お土産を買ったり、食事を楽しんだりのバリエーションが増えました。
Pc010109_01  海に出たところで少し左手に進みます。河川の整備が進み、新しい護岸が作られつつあります。もともとあった高台の集落の更に奥側に宅地が造成されました。
Pc010112_01 橋の上から港側を望みます。写真右奥に女川町地域医療センターが見えます。かつては町を見下ろすお城みたいな雰囲気がありましたが、街全体が嵩上げされた結果、あまり目立たなくなりました。震災後満潮の度に冠水していた港周辺ですが、嵩上げされ、今は改修工事の盛りです。また1年後には、港も完成に近づいているでしょうか。

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2018年7月14日 (土)

与那国島2-3 立神岩、西崎

2017年11月10日-14日撮影
Pb110052_02_2  立神岩(たちがみいわ)は与那国島の北側の海岸線の東寄りの断崖下にあります。波の侵食でタワー状に残された玄武岩です。写真のように上から覗き込むようなアングルだとよくわかりませんが、東に少し離れた展望台から望むと、男根のように見えるため、それでおそらくこのような名前なのかなと思います。

Pb110045_02  与那国島の西端が西崎(いりざき)です。日本最南端の地の石碑が建てられています。あれっ尖閣諸島は?と思いましたが、尖閣は西表島と与那国島の間ぐらいの経度で、少し北にはずれた場所にありますので、確かにここが日本の西端なのです。台湾までの距離110kmということで、天気が良ければ台湾が見えるということですが、見える頻度は年に数回という話ですから、よっぽど運が良くないと無理みたいです。
 東崎と違って西崎の周辺は牧場では無いので、牛や馬がたむろしていることはありません。(西崎から北海岸に沿って行くとすぐに北牧場の敷地になりますが。)

Pb110051_01 背後を振り返ると久部良集落が見えています。与那国島第2の規模の集落(といっても全体で3集落だけですが)で、立派な港があります。石垣からの定期船はこちらの港に入港します。
 久部良バリという標識が出ていたので、バリ島を模したリゾート施設でもあるのかと思いましたが、全く違いました。海岸近くにある岩の裂け目です。写真の碑の奥の方に見えているのがそれです。
Pb120065_01
人頭税を免れるため妊婦を飛び越えさせたという伝説があるそうです。
 久部良バリの場所はわかりにくいです。というのも集落側から車を走らせているとこの碑が完全に死角に入って気づかないからです。製塩所跡の隣の立派な駐車場に車を停めて、50mほど港方向に戻ると有ります。

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2018年7月 9日 (月)

与那国島2-2 東崎、アリシ

2017年11月10-14日撮影
Pb100031_03 滞在期間中殆ど雨続きでしたので、写真がぱっとしません。
 1枚目、着陸直前の機内から見た、与那国島の東側の南海岸です。断崖の下にわずかに白砂のビーチが見えます。プライベートビーチ感が漂うこのビーチへのアクセスは困難?あるいは不可能?であることに後々気付かされます。

Pb120077_02 そのビーチ方向を陸上から見た写真です。島の東端の東崎(あがりざき)付近には、東牧場が広がっています。その向こうの断崖の下には、リーフに打ち付ける荒波が見えます。
 この崖下のビーチにアクセスする道路はおろか、遊歩道のようなものも無いようです。
Pb120070_01 東崎の付け根から急坂の九十九折の車道を下りきったところをアリシと呼ぶようです。公衆トイレが設置されていますが、あいにくこの時は周囲を馬に囲まれており、とてもトイレに行こうという気分になれません。ここも牧場の敷地の一部なのです。
Pb120079_02 東牧場には馬だけでなく牛も居ます。車道の途中にテキサスグレーチングが設置されており、そこが牧場の境界になっています。大きなギャップが横に走っているグレーチングを馬や牛は越えていけないはずなのですが、牧場敷地外に出ている姿を見ることは、少なくありません。こちらが車であればまだ安心ですが、車が近づいてもすぐに避けようという感じではありません。バイク・自転車や歩行で牛の群れの脇を通過していくのは、ちょっと勇気が要るでしょうね。




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2018年7月 4日 (水)

与那国島2-1 なんだB737も着陸できるんだ

2017年11月10日-14日撮影
Pb100036  2017年1月に続き、2回目の与那国島です。今回は代診業務での訪問。離島での仕事は、5月の竹富島、9月の神津島に続いて今年3回目となります。
 1月の訪問時には琉球エアコミューターにはボンバルディアDASH-8 Q-100が残っていましたが、この間に退役。同社の機材は全て DASH-8 Q400CC、塗色もJAL系の鶴マーク付き白に統一されました。
Pb110039_02  この時の週末は与那国島でマラソン大会が開催されており、マラソン参加者輸送のため那覇からのチャーター機が運行されました。2枚目写真は11日に遅い朝食を食べるために与那国空港のレストランに立ち寄った際に撮影したもの。(与那国島で午前10時台に食事をしようと思ったら、選択肢は空港レストランしか無いのでです。)チャーター機はボーイング737…なんだこの空港、ジェット機着陸できるんじゃない。
Dsc_0071  3枚目は与那国マラソンの一幕。診療所前での撮影です。

 滞在中は連日あいにくの雨、雨、雨。

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2018年6月29日 (金)

世田谷代田駅(まだ工事中の時)

2017年11月3日撮影
Dsc_0059 2018年3月に小田急の複々線化が完成してからはや3ヶ月以上が経ち、今更な写真ですが…。
 工事中の世田谷代田駅(緩行線ホーム)の写真です。このころは、このホームを通過する電車も設定されるとは思っていませんでしたが、ダイヤ改正では千代田線直通の準急や急行は経堂駅から緩行線に入り、下北沢以外の駅は通過するパターンができました。あと朝5時台の新宿発着の急行も急行線を使わず、緩行線を走っています。(下北沢駅の急行用ホームを閉鎖しておくためでしょうか…?)
Dsc_0062 今更記事にしたのは、この軌道トラックの写真を載せておきたかったから。軌道走行用に改造されただけでなく、普通のタイヤもついていて、ナンバーも付けられていますので、工事が終わったら普通のトラックのような顔をして、車道を走行していくのでしょうか。いかに鉄ちゃんと言えども、鉄輪を隠して車道を走行する軌道トラックを見分けるのは、相当困難なはずです。
 Dsc_0064 世田谷代田で降りて、歩いて、経堂まで歩いて戻ります。途中、住宅地のの真ん中で世田谷線の踏切を渡りますが、なかなか良い風情があります。

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2018年6月24日 (日)

山万 ユーカリが丘線

2017年10月28日撮影
Dsc_0052  関東地方の未乗線区を少しずつ乗りつぶしていますが、だいぶ佳境に入ってきました。今回は京成本線のユーカリが丘駅前から出ている新交通システムのユーカリが丘線に乗車。
 山万は不動産会社でユーカリが丘ニュータウンの開発元なのですが、地区内の交通の利便性確保のため自前で新交通システムを建設・運行しています。なので公式サイトもユーカリが丘のタウンポータルサイト内に設置されています。
 路線はラケット型をしており、途中の公園駅から反時計回りに地区内を一週して、公園前に戻ってきます。
Dsc_0054 1982年の開通とのことですから、もう36年経っています。なかなか乗りに来る機会がありませんでした。車両はコンパクトな3両編成で、VONAと呼ばれるこのシステムは殆ど普及せず、現在はこのユーカリが丘線のみだそうです。見たところ中央に案内軌条があり、走行輪はゴムタイヤと思われます。
全部で3編成あり、こあら1号-3号と名付けられています。カラーリングなどは共通のようです。
Dsc_0058 面白いのは車両の向き。ラケット型の路線を行って帰ってくると編成が逆向きになります。こういう例はなかなか珍しいと思います。運賃は全線均一で一乗車200円です。
 沿線は住宅がびっしりかと思いきや、かなり自然豊かな感じで、特にラケットの内側の部分は農地や山林が目立ちます。中学校駅と伊野駅の間にはトンネルも。

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2018年6月19日 (火)

神津島8 おまけ

2017年9月30日(日)撮影

 神津島滞在最終日。今日は待機番では無く、飛行機は昼過ぎなので午前中に島の何箇所かを再訪問。

Img_0105 1枚目。ありま展望台から前浜を展望。右側の山がやや邪魔ですが、白い浜と背後の天上山を一望できます。ここにはジュリアの十字架が建てられています。十字架は安土桃山時代の朝鮮人キリシタンである おたあジュリア を記念してたてられたものです。おたあジュリアは、ここ神津島で没したとされ、集落の中にはジュリアを祀った墓もあります。

 十字架は結構大きいので、十字架の全景を入れつつ、背後の海を写し込むのはなかなか難しいようです。

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 2枚目。多幸浜を再訪しました。24日よりも天気が良く、日差しに照らされて海はきれいな発色です。火山の溶岩ドームと白砂の浜の取り合わせは、日本離れした光景です。

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 神津島空港の2階から到着したドルニエ機を撮影。背後には大きくKOZUSHIMAの文字が並んでいます。

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 搭乗手続きを終えて、搭乗待合室へ。実にコンパクトな搭乗待合室です。搭乗案内の放送があったら、入り口で搭乗券を確認してもらい、写真の左手から入室。搭乗時間が来たら正面の扉が開かれて駐機場へと徒歩で移動します。定期旅客便が発着する空港としては、ミニマムなスペックです。

 

 

 

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2018年6月14日 (木)

神津島7 灯台と千両池

2017年9月24日(日),30日(土)撮影

Img_0092cr2  神津島の南側には空港があり、その南側は断崖になっています。人は住んでいません。南側の高台に灯台が立っています。灯台にも行って見ましたが、中に入れるわけでは無く、周囲を回っても展望が開けるわけでは無いのて、灯台そのものに興味が無い限りは無理して行くこともありません。

Img_0096 灯台から少し西側の崖下の千両池と呼ばれる瓢箪型の入江があります。車道の終点から歩いて海岸まで降りることが出来ますが、かなりの急斜面の崖を下っていく必要があります。(24日は待機番でしたので上から眺めるに留め、30日に崖を下って見ました。)

Img_0110  慎重に崖を下ると岩場に出ます。ペンキのマーキングを頼りに進んでいくと、千両池の縁に到着しました。人を寄せ付けない断崖にぽっかりと口を開けた細い入江。入江の中は波も静かです。

 穴場スポットですがなかなかアクセスは大変。ここに至るまでの車道も、途中待避所が無く、24日の復路は対向車をやり過ごすために細く曲がった山道で100mぐらいバック運転を余儀なくされました。

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2018年6月 9日 (土)

神津島6 多幸湾と溶岩ドーム

2017年9月24日(日)撮影

Img_0069 神津島の東海岸の多幸湾にあるのが三浦漁港です。西海岸の神津島港からは車で15分ほど。天候によってはこちらの港に船が発着することがあり、旅客待合所も設置されています。

Img_0072 三浦漁港の北側に広がるのが多幸浜で、前浜と同様に白い砂浜になっています。見上げると天上山の溶岩ドームがよく見え、その途中(標高500mぐらい)から白い急斜面のがれ場がそのまま海に落ちているのが見えます。がれ場の白い土が堆積してできた浜なのだろうなとわかります。

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 この日はやや波が荒く泳げる感じではありませんでしたが、夏場はこの浜も海水浴場になっています。

 

 港側は防波堤によって波静かな浜になっていますが、船舶の出入りがあります。

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 高台から三浦港を望みます。沖合に見えるのは三宅島。右手の小さな島は御蔵島です。

 

 

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2018年6月 4日 (月)

神津島5 島の北海岸

2017年9月24日(日)撮影

Img_0064 赤崎遊歩道の駐車場から立派な赤崎トンネルを抜けて道はもう少しだけ北に続いています。この先(というかしばらく手前からすでに)誰も住んでおらずいったい何のために作ったのかなあと思いながら進んでいくと、唐突に行き止まりになりました。柵の向こう側には立派な大黒根トンネルが口を開けていますが、立入禁止の標識が出ています。このあたりがちょうど島の北端付近になります。携帯電話は大丈夫通話圏内です。

Google Mapsの航空写真で見てもこのトンネルの反対側が貫通しているのかわからないのですが、立入禁止のこのトンネルを抜けて、さらにその先まで行って戻ってきたレポートをネット上に見つけましたが…。

Img_0103  大黒根トンネルの入り口から1km弱先、神戸山の東の裾野が海に落ちるところに 返す浜(かやすはま)があります。ここへは舗装された林道が通じています。車を時々停めて、携帯電話が圏外にならないことをチェックしながら進んでいきます。急坂を下っていくと次第に浜が近づいてきました。沖合には△の利島と、台地状の新島が見えています。

Img_0100 道路は 返す浜に向かってまっすぐ突き進んだところで唐突に終了。大黒根トンネルからここまで道を延長するつもりであった事が何となくわかる作りになっています。

 返す浜の砂は前浜と違って黒っぽく、高い波に洗われています。とても泳げそうに思えませんが、かつては海水浴場であったようです。

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